エッセイ · 嗅覚アート
エルネスト・ネト「anthropodino」。
Ernesto Neto. anthropodino.
香りには、ちょうどいい距離が要る。
Art in America · Art in America
教練場のなかの天蓋
2009年5月、ニューヨークの Park Avenue Armory は Wade Thompson Drill Hall を、初めて特別委嘱の芸術作品に開いた。このホールは、19世紀の連隊が教練を行うために建てられた。床面積はおよそ55,000平方フィート、天井の高さは約80フィート。中央には柱が一本もない。
リオデジャネイロ生まれのブラジルの芸術家エルネスト・ネトは、その空虚を「anthropodino」で満たした。企画は Creative Time、キュレーションはトム・エクルズ。5月14日に開幕し、2009年6月中旬まで続いた。
遠くから見ると、「anthropodino」は天井の下に張られた薄い天蓋のようで、浮かんでいるかに見えるほど軽かった。近づくと、天蓋は木の骨組みの上に載り、梁の一本一本にライクラのチュールが縫いつけられていた。長い布の管が鍾乳石のように垂れ下がり、その先にはそれぞれ重い袋がついていた。袋の中身はスパイス。クローブ、クミン、ジンジャー、ターメリック、黒胡椒。
下では、骨組みがトンネルのような通路と小さな部屋をつくり、来場者は這い入り、座り、横たわることができた。触れることを禁じる表示はなかった。ネトは人々に、触れてほしいと求めた。
身体が作品に入る
ネトは、リジア・クラークとエリオ・オイチシカに形づくられたブラジルの芸術家の世代に属する。二人は1960年代から、芸術は手に取られ、身にまとわれ、入られるべきだと主張した。彼らにとって、見る人は物の外に立つのではなかった。見る人は作品の一部であり、作品は内に身体があって初めて完成した。
「anthropodino」はその系譜に連なる。ライクラは、スパイスの重み、引き下ろす手、部屋に横たわる人々の重みで伸びた。その形は一度も静止しなかった。通り過ぎる人ごとに、膨らみ、たわみ、沈んだ。
題名は、人類学(anthropology)と恐竜(dinosaur)の融合と説明されてきた。人がその内側を歩く巨大な生き物。天蓋の下を動くと、管や袋や薄い膜をもつ、ひとつの身体の内側にいるように感じられた。あるインタビューでネトは、この作品は欲望ではなく、心地よさと愛情についてのものだと語った。
スパイスは身体をさらに奥へと引き込んだ。目は形を見つけた。手は張りを見つけた。鼻は、ひとりで探さなければならなかった。
香りには広すぎるホール
Art in America の批評家は、ほかの誰もあまり指摘しなかったことに気づいていた。あの大きさのホールでは、スパイスの匂いはすぐに散ってしまう。クローブ、ターメリック、胡椒の袋は間近では強かったが、数歩離れると、ホールの空気がそれを呑み込んでいた。
これは単なる技術的な失敗ではない。香りは物質だ。源から蒸発し、広がり、体積とともに薄まる。小さな部屋なら匂いで満ちる。教練場は満ちない。満たそうとすれば合成香料を噴霧するしかなく、スパイスの袋はただの小道具になってしまう。
ネトはそうしなかった。本物のスパイスを本物の布に入れたまま、その匂いが届く距離は限られていると受け入れた。結果、作品は二つの尺度で同時に働いた。遠くからは建築。嗅ぐには、腕の長さまで近づく必要があった。
彫刻の素材としてのスパイス
「anthropodino」以前にも、ネトはほかの作品でスパイスを使っていた。天井から吊るした張りつめた布袋、床に置かれた粉。彼にとってスパイスは、色であり、重さであり、匂いでもある。ターメリックの袋は、鮮やかで、重く、香る。ひとつの素材が三つの役目を果たす。
彫刻はふつう、別のやり方で働く。石やブロンズは鼻に対して沈黙している。スパイスはそうではない。時とともに変わる。はじめは強く、数週間でやわらぐ。スパイスでつくられた作品は、開幕の日と閉幕の日で、決して同じではない。
ネトはその後、手で編んだ大きな構造物へとさらに進んだ。2018年、チューリッヒ中央駅の「GaiaMotherTree」では、香りと儀式がより大きな場所を占める。「GaiaMotherTree」のエッセイを参照。それでも「anthropodino」は里程標であり続ける。マンハッタンの古い教練場が初めて、スパイスの袋ひとつの匂いがどこまで届くのかを問うために使われた。