エッセイ · 嗅覚アート
エルネスト・ネト「the body that carries me」。
Ernesto Neto: the body that carries me.
見る人は作品の前に立たない。身体がその内側にある。
Guggenheim Museum Bilbao · Guggenheim Museum Bilbao
歩いて入る九つの空間
2014年2月14日から5月18日まで、グッゲンハイム美術館ビルバオは二階とアトリウムをエルネスト・ネトに委ねた。展覧会「Ernesto Neto: the body that carries me」は、イベルドローラ(Iberdrola)の協賛による。
展示はアトリウムから始まった。天井から吊るされた作品「Why are you going to Rome again?」。そこからギャラリー202から209へと進んだ。どの部屋にも、通りすがりに口にするような名があった。「Candy Man Candy」「Barter barter」「Eating with the eyes」「Tent of dreams」「Sweet edge」「Mountain brother」「That's life」「Nevermind the mess」。
名前は何も説明しない。友人が家に招き入れながら口にするような言葉だ。理解はあとから来る。まず、足を踏み入れる。
美術館は作品を、歩き抜け、住まい、感じ、さらには嗅ぐためにつくられたものと説明した。部屋ではスタッフが、来場者の参加を手伝うために待っていた。
繊維、石、太鼓、スパイス
ネトは1964年、リオデジャネイロに生まれた。彼がよく使う素材は、柔らかく伸縮するもの。チュール、ポリアミド、ストッキング、編んだ網。それらを張って、建築的でもあり身体的でもある形をつくる。部屋、管、袋をもつ形。
2010年につくられ、以前サンパウロ近代美術館で展示された「Drum (Tambor)」はその一例。縦横それぞれ十メートルの編んだ網が、火山岩、川石、ピアノ、アフロ・ブラジルの太鼓を抱える。その下に立つと、楽器の内側に立っているようだ。
ほかの作品では、重さは石ではなくスパイスから来る。2008年の一作は「Stone Lips, Pepper Tits, Clove Love, Fog Frog」という長い題をもち、チュール、ストッキング、布、木、石、黒胡椒、クローブでできている。スパイスはたるんだ布袋に詰められ、形を下へと引き留め、匂いを放つ。
来場者が張られた繊維のトンネルを進むにつれ、ターメリックとクミンの香りが部屋に広がった。双眼鏡とスパイスの仕切りを備えた、車輪つきのハンモックもあった。そこに横たわると、見て、深く息をして、心を空にするよう誘われた。
注目すべきは、スパイスが形から切り離されることがなかった点だ。隅に隠された装置も、最後に足された匂いもない。形をつくる素材が、香りもつくっていた。匂いの出どころを推し量る必要は誰にもなかった。ただ近づき、身をかがめ、息をすればよかった。
避難所としての芸術
ネトは、人々を隔てるものより、人々が分かち合うもののほうが大切だと語っている。また展覧会を、考えるのをやめて芸術に身を寄せる場所だとも述べた。
単純に聞こえる。けれどそれは美術館の習慣に逆らう。美術館は私たちに、静かに立ち、距離をとり、解説を読み、考えるよう求める。ネトは別のことを求める。横たわり、触れ、吸い込むこと。考えるのはあとで。考えるとしても。
匂いは、像にはむずかしいことをする。絵は、別のことを考えながらでも見られる。けれどクローブの匂いが急に濃くなると、身体が先に反応する。止まり、振り向き、源を探す。その数秒のあいだ、来場者はまるごとその部屋にいる。
題名が考えのすべてを抱えている。身体は、目を作品まで運ぶための道具ではない。身体こそが、私たちがそこにいるあり方だ。ビルバオの展覧会は、それを思い出させるための九つの部屋だった。繊維で、石で、そして布に包まれたスパイスの匂いで。