エッセイ · 嗅覚アート
「Scents and Sonics of The Ocean」。
Scents and Sonics of The Ocean.
香りの分子は、聴くこともできる。
Institute for Art and Olfaction · Institute for Art and Olfaction
四者、ひとつの島
「Scents and Sonics of The Ocean」は2024年1月20日から2月2日まで、ロサンゼルスのチャイナタウンにある Institute for Art and Olfaction のスペース、IAO Gallery で開かれた。正式なタイトルはもっと長い。「multisensorial traces of lost and recovered memories of Sapelo Island」(サペロ島の失われ、取り戻された記憶の多感覚的な痕跡)。
サペロはアメリカ東海岸、ジョージア州の沖にあるバリアー島。四者がこの島について共に取り組んだ。
ヨッシュ・ハン(Yosh Han)は調香師で、ブランド YOSH の創設者。フレーバーと香りの業界に三十年近く携わってきた。米国沿岸警備隊の免許をもつ船長でもある。マルテ・レアンダー(Malte Leander)はモントリオールを拠点とするサウンドアーティスト・作曲家で、ミュージック・コンクレートとサウンドスケープを手がけ、しばしば生態をテーマにする。ジュリア・クバネク(Julia Kubanek)はジョージア工科大学の教授で、海洋生物が化学信号を使って交信し、生息地を見つけ、相手を見つけ、捕食者を避ける仕組みを研究している。
四者目は Ocean Memory Project。海洋学、神経科学、視覚芸術、演劇、歴史、哲学にまたがる百人以上の研究者のネットワーク。海の記憶という考えは、2016年、全米アカデミーズの分野横断的な会議で生まれた。ロサンゼルスのプロジェクトは、アカデミーズの Keck Futures Initiative の助成を受けた。
分子から音へ
方法は翻訳の連鎖。島の匂いは特定の分子までたどられる。分子にはそれぞれ分光学的な署名がある。分光計の中で、その化学構造が光にどう応えるか。その署名は、山と谷とリズムをもつデータの帯。
レアンダーはその帯を、サウンドスケープの素材にした。浜で録った波でも、鳥の声でもない。香りの分子のかたちそのものから生まれた音。
部屋では、匂いと音が同時にある。訪れる人は何かを嗅ぎ、同時にその翻訳を聴く。二つの感覚は、互いを説明するために並べられているのではない。ひとつの源を指すためにある。ロサンゼルスのほとんどの人が見たことのない島。
同じプロジェクトの中で、ヨッシュ・ハンはスメルウォークをつくり、約十四分のポッドキャストとして記録した。この形式は、作曲家 R・マリー・シェーファー(R. Murray Schafer)が1970年代に展開したサウンドウォークに倣っている。
失われ、取り戻された記憶
タイトルの記憶という言葉は、比喩だけではない。サペロには四千年以上前の人の暮らしの痕跡がある。十九世紀初め、奴隷にされた黒人たちが、サトウキビなどの作物を育てるため島へ力ずくで連れてこられた。南北戦争のあと、黒人の住民たちは島のあちこちに集落を築き、ローカントリーのガラ・ギーチー文化を形づくる一端を担った。
今日、その共同体から島に通年で暮らす人はごくわずか。多くが失われた。家、土地、習慣、かつてあった暮らしの匂い。
その歴史の隣に置くと、海の記憶という問いは具体的になる。海は何を保つのか。塩性湿地、潮、化学で互いを読み合う生き物。クバネクが研究しているのは、まさにこの種の記憶。海の生き物が自らのために残す化学信号、私たちの言葉よりはるかに古い言語。
展覧会は歴史を言葉で語り直さない。訪れる人を匂いと音の部屋に置き、つながりを自分でつけさせる。
なぜ残るのか
多くの香りの作品は個人の記憶を扱う。祖母の家、ある夏。「Scents and Sonics」が扱うのは、もっと大きく、ゆっくりとしたもの。ひとつの水域、ひとつの島、時とともに縮んでいく共同体の記憶。
残るのは、このグループが近道を拒んだこと。波を録音して、その上に海の匂いを吹きつけることはしなかった。分子、スペクトル、データを通った。ここで科学は何も証明しない。めったに言葉を交わさない二つの感覚をつなぐ橋。
この方向へ進んだ人は他にもいる。レフィク・アナドル(Refik Anadol)が「Machine Dreams: Rainforest」でデータから森を再構築したように。けれどサペロでは、データは像へは向かわない。鼻と耳へ向かう。
部屋を出るとき、訪れる人は像を持ち帰らない。匂いと音、同じ場所の二つの痕跡を持ち帰る。