エッセイ · 現代アート

イリヤ・カバコフ(Ilya Kabakov)「Labyrinth (My Mother's Album)」

Ilya Kabakov. Labyrinth (My Mother's Album).

写真は幸せな人生を語る。言葉は別のことを語る。

イリヤ・カバコフ「Labyrinth (My Mother's Album)」。裸電球が並ぶ狭い木の廊下、壁に沿って額装された写真と文章

Tate · Tate



五十メートルの廊下

イリヤ・カバコフは1990年に「Labyrinth (My Mother's Album)」をつくった。長さおよそ五十メートルの狭い木の廊下で、螺旋状に折れ曲がっている。見る人は中に入り、歩き、曲がり、また歩く。近道はない。

テートは作品の構成をこう記す。木の構造物、九つの扉、木の天井支柱、二十四個の電球、がらくた、音声、そして写真、インク、印刷紙による七十六点の紙作品。声に出して読むと、この一覧は古いアパートの目録のように聞こえる。

壁に沿って七十六の額が掛かる。どの額も三つのものを並べる。作家の叔父が撮った写真、1950年代のソビエトの絵葉書から切り取った断片、そして母の回想録をタイプで打った文章。

これは、2017年10月から2018年1月までテート・モダンで開かれた「Not Everyone Will Be Taken Into the Future」で展示された、三つの大きなトータル・インスタレーションのひとつだった。

叔父の写真、母の言葉

叔父のユダ、ユーリー・グリゴリエヴィチ・ブレヘルは、ウクライナ南東部の沿岸の町ベルジャンスクの地方写真家だった。結婚式や依頼された肖像、整った穏やかな町の風景を撮った。個人的な情熱は、台座や記念碑や公園の彫刻を撮ることだった。

母ベルタ・ウリエヴナ・ソロドゥヒナは、まったく異なる人生の回想録を書いた。戦争、革命、生き延び、子を守るために苦闘した年月。妻であり協働者であるエミリア・カバコフによれば、イリヤは母を、同じように苦闘した何百万ものソビエトの女性を代表する存在と見ていた。

並べられると、どの額も一つの亀裂になる。写真は言う。町は栄え、暮らしは穏やかだ。文章は言う。貧困、住む家のなさ、恐れ。どちらも他方を打ち消さない。二つは並んで立ち、見る人はそのあいだの隔たりの重さを背負う。

エミリア・カバコフはまた、この作品には母を貧困と住む家のない境遇から守れなかったイリヤの無力が映っていると書いている。息子から母への捧げ物であり、その時代のすべての女性への捧げ物でもある。

きれいな像と、現実の暮らし

ソビエト連邦で、カバコフは修整された像に囲まれて育った。新聞や雑誌の写真は、印刷前に望ましくない細部を消されていた。幸せな暮らしや英雄的な労働者の写真は、彼の目には作り話だった。彼はその偽りを嫌悪した。

1970年代から、彼は社会の小さな人々の物語を語る絵入りのアルバムをつくっていた。「Labyrinth」はその方法をページから取り出し、空間へ移す。見る人はもうページをめくらない。歩く。

歩くことは、まったく異なる読み方だ。狭い廊下では、誰も後ろに下がって全体を見ることができない。目は額の近くにとどまる。足は動き続ける。人生は、それが生きられた速さで読まれる。一区間ずつ、次の曲がり角を知らないまま。

カバコフは1987年に初めてソビエト連邦を出てヨーロッパとアメリカで展示し、1992年にニューヨークに定住した。「Labyrinth」はそのあいだに、外から振り返ってつくられた。これほど長い帰り道を築くには、距離が必要なのかもしれない。同じく母について、石内都は母が遺した物を撮影した。痕跡を通して一つの人生を読む、もうひとつの方法だ。