エッセイ · 現代アート
モナ・ハトゥム(Mona Hatoum)。「Present Tense」。
Mona Hatoum. Present Tense.
境界は溶けることがある。匂いは一瞬でわかる。
Tate · Tate
床の上の地図
「Present Tense」は床に置かれる作品で、約2,200個の四角い石鹸をすき間なく並べ、縦横とも2メートルを超える平らな長方形をつくっている。表面はクリーム色で、わずかに透ける。そこにモナ・ハトゥムは小さな赤いガラスビーズを押し込んだ。一見すると抽象的なドローイングに見える。近づくと、それは地図の輪郭である。
地図は、1993年のオスロ合意のもとでイスラエルとパレスチナの当局のあいだで引かれたもの。パレスチナ側に返還される土地を示している。赤いビーズがその区域をなぞる。ばらばらに、散らばって。
ハトゥムは1996年にこの作品をつくり、同年、エルサレムのアラブ地区にあるパレスチナのギャラリー、アナディエル・ギャラリー(Anadiel Gallery)で初めて展示した。現在はロンドンのテートのコレクションにあり、2013年にテート・メンバーズから寄贈された。
ナブルスの石鹸
素材は偶然選ばれたのではない。石鹸はパレスチナの伝統的な産物であるオリーブオイルでできている。テートによれば、この産業はエルサレムの北の街ナブルスで10世紀に始まり、今も続いている。
ハトゥムは、見に来たパレスチナの人々がすぐに匂いと素材に気づいたと振り返る。彼女は石鹸を抵抗の象徴と見ていたという。地図は彼女の言葉では、連続性も領土のまとまりもない、何百もの小さな島のように見えた。
並べられた二つのものは対比をなす。政治的な境界は新しく引かれたもので、変わりうるし、消されうる。石鹸の商いは千年を超える。テートはこの作品が、最近の地図の引き直しのはかなさを、ひとつの民の長い歴史に対して示していると述べる。
張りつめた現在
題名はいくつもの意味を同時に抱えている。キュレーターのニーナ・ツィマー(Nina Zimmer)は、それが文法上の現在形であり、今も続く張りつめた状況であり、present には贈り物をする、あるいは捧げ銃をするという意味もあると指摘した。二つの語が、贈り物と脅威の両方を運ぶ。
ハトゥムの経歴はその層を深くする。彼女はベイルートに暮らすパレスチナ人の両親のもとに生まれた。1975年、ロンドン滞在中にレバノン内戦が始まり、帰れなくなった。地図、境界、閉じ込めは、その後の作品に繰り返し現れる。有刺鉄線でできた吊られた立方体「Impenetrable」のように。
それでもテートは、「Present Tense」がひとつの政治的メッセージを届けるものではないと記す。作品は見る人を、権力の曖昧さと矛盾のただなかに立たせたままにする。
グリッドと曲線
形式の面では、この作品はミニマリズムの言語を借りている。規則的なグリッド、床に並ぶ同じ形のブロック。だがハトゥムは、ミニマルな物と違って、自分の作品はそれ自身についてだけのものではないと語っている。
地図の曲線がグリッドの秩序を破る。一方に幾何学。もう一方に、交渉で曲げられた境界。そのあいだに石鹸がある。水で減り、年月とともに色を変える柔らかな素材。
作品は現在形で名づけられながら、老いる素材でできている。「Present Tense」が三十年近くたった今も立っているのは、そのためかもしれない。歴史の一瞬を凍らせるのではなく、その一瞬を溶け続けさせている。