エッセイ · 嗅覚アート

ケイト・マクリーン(Kate McLean)。「Odours of the Morning and the Evening: Singapore」。

Kate McLean. Odours of the Morning and the Evening: Singapore.

通りには、時刻によって二つの匂いがある。

ケイト・マクリーン「Odours of the Morning and the Evening: Singapore」。朝と夕の層を重ねた、手描きの匂いの地図

© Kate McLean · Sensory Maps(Kate McLean 公式サイト)



一本の道を、二度歩く

2015年、ケイト・マクリーンはシンガポールでスメルウォークを行った。今回の問いは、いつもより狭い。同じ道で、朝と夕の匂いはどう違うのか。

参加者は同じ区間を、一日の二つの時刻に歩いた。立ち止まり、嗅ぎ、鼻がとらえたものを記録した。計測器もセンサーもない。人と、メモだけ。

その素材から、マクリーンは大判の地図のシリーズをつくり、2017年に完成させた。大きな版は1089×841ミリのデジタルプリント。あわせて、A4判と同じ297×210ミリの個別の地図がある。

この作品は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)でのマクリーンの博士研究の一部だった。シンガポールでの方法は、それ以前のアムステルダムの匂いの地図とは異なる。アムステルダムでの問いは、街が何の匂いか。シンガポールでの問いは、匂いがどれほど続き、時刻とともにどう移るか。

匂いを一つずつ手で描く

その問いに答えるため、マクリーンは独自の方法をつくった。参加者が道すがら記録した匂いの知覚を、すべて手で描いた。一つひとつの匂いが紙の上の色の印になり、気づかれた場所に置かれた。

次に、それらの印のまわりに輪郭を引いた。次に、朝のデータを夕のデータに重ねた。一本の通りに二つの層。重なるところ、離れるところが、どの匂いが残り、どれが消え、どれがある時刻にだけ現れるかを示す。

マクリーンはその結果を、匂いの持続の比較トポロジーと呼ぶ。つまり地図は、匂いがどこにあるかだけでなく、そこにどれほど留まるかを示す。

手で描くことは装飾ではない。匂いはあいまいで、測りにくく、一人ひとりの鼻に左右される。手描きの地図は、その不確かさを保つ。輪郭はソフトウェアの線ほど鋭くない。匂いが実際に広がるさまに似ている。はっきりした境界なしに。

多くの鼻、一枚の地図

マクリーンは自身のウェブサイトで、これらの地図を一日の時間を通した集合的な差異の探求と説明している。集合的、という言葉が大切だ。地図が記録するのは一つの鼻ではなく、一群の鼻である。

人はそれぞれ違うように嗅ぐ。ある人が気づくものを、隣の人は見逃す。二人が一つの匂いに二つの名をつける。重ねても、その違いは消えない。やわらかな場になる。多くの人が同じ匂いに気づいたところは濃く、一人だけのところは薄く。

データについての、もう一つの考え方である。ふつうの地図は一つの真実を求める。道はここ、建物はあそこ。マクリーンの匂いの地図は、匂いについての真実が複数であることを受け入れる。それは多くの鼻のなかに同時にある。

論文からギャラリーへ

2019年、地図はロンドンのケンジントン・ゴアで開かれたロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修了展「Show 2019」で展示された。同じ年、博士審査の一部として行われた非公開の展示「Nose-first」にも登場した。立ち会ったのはローリーン・ヴォーン教授(Laurene Vaughan)、ティール・トリッグス教授(Teal Triggs)、ニーナ・モリス博士(Nina Morris)。

マクリーンの論文は、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのリポジトリで自由に読める。作品は二重の生を得る。壁の上のイメージとして。そして、ほかの人が読み、使い直せる方法として。

遠くから見ると、地図は重なりあう色の場だ。近づくと、それはシンガポールの一本の道になる。一日に二度、多くの人に歩かれ、手で記憶された道。