エッセイ · 嗅覚アート
マルティンカ・ヴァヴジニャク(Martynka Wawrzyniak)。「Eau de M」。
Martynka Wawrzyniak. Eau de M.
誰も売っていないものの広告。
© Martynka Wawrzyniak · Martynka Wawrzyniak(公式サイト)
一枚の広告
2014年、ハーパーズ・バザー(Harper's Bazaar)の誌面に「Eau de M」という香水の広告が載った。号のほかの香水広告と同じに見えた。イメージ、名前、そして読者がめくって嗅ぐための試香紙。
「Eau de M」という香水は売られていなかった。そのページは、ニューヨークを拠点とする作家マルティンカ・ヴァヴジニャクの作品だった。試香紙の匂いは、彼女自身の汗のエッセンスだった。
エッセンスは以前のプロジェクトから来ていた。2012年、Smell Me のために、ヴァヴジニャクは一年をかけて化学者たちと自分の汗、涙、髪から匂いを抽出した。「Eau de M」は汗だけを取り出し、見せる場所を変えた。ギャラリーから、印刷されたページへ。
ギャラリーとしての雑誌
ヴァヴジニャクはこの挿入をゲリラ的な身ぶりと呼ぶ。作品は芸術と名乗らないまま、商業広告の枠に滑りこんだ。製品の服を着ていた。
その選択が観客を変えた。ニューヨークのギャラリーに来るのは少数の、おもにアート界の人々、芸術を見ていると承知している人々である。ファッション誌は、服や時計を見るためにページをめくるふつうの読者に届く。試香紙に、心地よい何か以上のものは期待していない。
雑誌はまた、試香紙が生まれた場所でもある。読者は手順をすでに知っている。めくり、鼻へ近づけ、判断する。ヴァヴジニャクは作品の見方を誰にも教える必要がなかった。見方はすでにそこにあった。彼女は中身だけを変えた。
ギャラリーでは、作品は芸術という額縁に守られる。雑誌のページでは、まわりのあらゆる製品と同じように立たなければならない。そして、立った。
問い合わせた人々
作家のサイトによれば、号が出たあと、バーニーズ・ニューヨークには「Eau de M」を買いたいという客からの問い合わせが届いた。存在しない香水、見知らぬ人の汗からつくられたものが、街でもっとも名高い高級店のひとつで求められた。
その細部が作品を完成させる。人は匂いを買うのではない。物語の中の匂いを買う。地下鉄で見知らぬ人のシャツについた同じ汗は、人を一歩下がらせる。フランス語の名の下の試香紙にのると、人を店へ向かわせる。
ヴァヴジニャクは、読者がだまされたとは言わない。本当にその匂いを気に入ったのかもしれない。人の体の匂いは、香水の歴史の深いところを流れている。作品が明かすのは、鼻の反射と頭の偏見とのあいだの隔たりである。汗だと誰も教えないとき、私たちは何を嗅ぐのか。
物とラベル
多くの作家が香水瓶の形を借りてきた。1921年、マルセル・デュシャンはBelle Haleineで、ローズ・セラヴィに扮した自分の写真を香水瓶に貼った。「Eau de M」はその系譜に連なり、それを裏返す。ラベルは偽物で、中身は居心地が悪いほど本物である。
作品は、消費文化が引き離しておくふたつのものを並べる。一方には体、そして私たちが消臭したがる、体が放つすべてのもの。もう一方には、所有したくなるよう組み立てられた贅沢なイメージ。小さな紙片が、そのふたつをつなぐ。
「Smell Me」は、私たちがどうやって人を知るのかを問う。「Eau de M」はもっと実際的で、もっと居心地の悪いことを問う。私たちは何を欲しているのか、そしてそれを誰が決めているのか。