エッセイ · 現代アート
ナム・ジュン・パイク(Nam June Paik)。「Electronic Superhighway: Continental U.S., Alaska, Hawaii」。
Nam June Paik. Electronic Superhighway: Continental U.S., Alaska, Hawaii.
見ているものから描かれた国。
© Nam June Paik Estate · Smithsonian American Art Museum
壁の上のアメリカ
ワシントンのスミソニアン・アメリカ美術館、東棟の3階に光の壁がある。高さ約15フィート、長さ40フィート。遠くからはアメリカ合衆国の形で、中央に大陸、隅にアラスカとハワイ。近づくと地図は、ぎっしり詰まった数百台のテレビ画面にほどけ、各州がネオンで縁取られている。
これがナム・ジュン・パイクの「Electronic Superhighway: Continental U.S., Alaska, Hawaii」、1995年の作品である。美術館はこれを、閉回路テレビの映像1系統を含む51チャンネルのビデオ・インスタレーションと記す。特注の電子機器、ネオン照明、鋼、木。カラー、音声あり。パイクが美術館に寄贈した。
州ごとにそれぞれの映像が流れる。音は重なって一つの途切れない騒音になる。すべてのテレビが一度についた国のように。
一州に一本の映像
パイクは、形見を選ぶように各州の映像を選んだ。オクラホマではその名を冠したミュージカルが流れる。ミズーリは「Meet Me in St. Louis」。カンザスは、ドロシーが竜巻に運ばれる「The Wizard of Oz」。これらの州は、地理より先にハリウッドを通して知られている。
アーカンソーには、長年パイクと共演したチェリストのシャーロット・モーマン(Charlotte Moorman)がいて、アーカンソーから大統領になったビル・クリントンの映像が並ぶ。アラバマは1950年代のモンゴメリー・バス・ボイコットの記録映像。歴史、娯楽、政治、作家の友人たちが、上下なく隣り合う。
ワシントンD.C.だけに閉回路カメラがある。作品の前に立つ人は、首都の枠の中に自分を見る。見る人は地図の外に立っていない。その瞬間、地図の一部になる。
しばらくいると、すべては見きれないとわかる。51のチャンネルが同時に流れ、目はかけらしか拾えない。その不可能さこそ、パイクがメディアの暮らしについて見せるものだ。
道路、ケーブル、ネットワーク
題名は三つのものを指す。州と州をコンクリートで結んだ州間高速道路網。居間と居間を電線で結んだケーブルテレビ。そして1990年代のインターネット。まだ誰も思い描けない何かで、すべてを結びはじめていたもの。
パイクは1932年ソウル生まれ。ニューヨークの前に日本とドイツで暮らし、テレビを芸術の素材として使った最初期の一人に数えられる。1965年、彼はいつか芸術家が絵筆やヴァイオリンのようにコンデンサや抵抗や半導体で仕事をするようになると予言した。三十年後、彼はそれらで国をひとつ丸ごとつくった。
彼はすでに「TV Garden」をつくっていた。植物のあいだにテレビを置き、庭の花のようにした作品。「Electronic Superhighway」はそれを裏返す。植物はなく、画面とネオンの境界だけ。庭はネットワークになった。
ポケットごとに画面がある今日、パイクの地図は古くもあり、正しくもある。古いのは、ブラウン管が家から去ったから。正しいのは、見きれないほどの映像に囲まれている感覚がそっくり残っているから。作品は警告もしないし、祝福もしない。すべてを一度につけ、見る人を真ん中に立たせる。