エッセイ · 嗅覚アート

ペーター・デ・クーペレ「Invisible (Scent) Paintings」

Peter de Cupere. Invisible (Scent) Paintings.

題名は絵の具の下で、指先を待っている。

ピーター・デ・クーペレ「Invisible (Scent) Paintings」。白い壁に掛かるスクラッチ・アンド・スニフの絵。香りは絵の具の下に隠されている

© Peter de Cupere · Peter de Cupere(作家公式サイト)



こすらなければならない絵

「Invisible (Scent) Paintings」は、おもに匂いで制作するベルギーの作家ピーター・デ・クーペレによるシリーズである。遠くから見れば、壁に掛かったふつうの絵だ。色、表面、題名。けれど題名だけではつかみにくく、目の前にあるものと食い違って見えることさえある。

絵にはスクラッチ・アンド・スニフの技術が使われている。子どものシールや、雑誌の香水の試香ページにあるものだ。匂いは表面に混ぜこまれた小さなカプセルに閉じこめられている。こすると、カプセルが割れて匂いを放つ。

だから見方が変わる。見る者は近づき、キャンバスをこすり、指先を鼻へ持ち上げる。肌に残った匂いが、その絵がほんとうは何についてのものかを告げる。作家の言葉では、香りが題名に文脈を与え、そこではじめて意味が明らかになる。

こすらなければ、読めない。絵はそこにあるが、半分は閉じたまま。

休止中の美術館での一週間

2014年6月、シリーズはドイツ西部のマルタ・ヘルフォルトで「Marta Intermezzo」の期間中、8日から15日まで展示された。その状況が重要だ。フランク・ゲーリーの設計によるマルタの大展示室は改装のため閉じられており、美術館はその休止を一週間延ばして幕間を演出した。

はじめて、ゲーリーの部屋そのものが主題になった。多くの作家が参加した。フランツ・エアハルト・ヴァルター、ベッティーナ・カーノ、ハイコ・ヴォメルスドルフら。プログラムは建物に奇妙な問いを投げかけた。展示室を上から見たり嗅いだりしたら。スケートで、走って、踊って測ったら。突然明かりが消えたら。建築は聞こえるのか。

一週間を貫く糸は、見えるものと見えないもの、光と闇、物質と非物質のあいだの緊張だった。デ・クーペレの絵は、まさにその糸の上にあった。それらは具体的な物だ。絵の具、額縁、表面。けれどもっとも重要な部分は、誰かが触れるまで見えないままである。

つかのまコレクションを失った空っぽの美術館で、鼻を通してしか姿を現さない絵は、もうひとつの意味を帯びた。ギャラリーは壁と光だけではない。空気でもあり、空気が運ぶものでもある。

絵が指を必要とするとき

美術館は早くからひとつの規則を教える。触れてはいけない。絵は安全な距離から、ロープの向こうで、監視員の目の下で見られる。「Invisible (Scent) Paintings」はその規則を逆転させる。触れなければ、見る者は作品を見逃す。他のどのギャラリーでも禁じられた身ぶりが、理解の条件になる。

こすることも痕を残す。そのたびに、いくつかのカプセルが割れる。表面は、どれほど読まれたかを記録する。見られるほど、匂いは薄れる。作品は注意によってすり減っていく。何度も開かれて背が割れた本のように。

のちにデ・クーペレは、スクラッチ・アンド・スニフの油彩による別のシリーズでこれを追求した。絵画のもっとも伝統的な主題、静物、花、食べもの、風景、戦争、肖像。その多くは名画への目配せを含む。牧草地は草の匂いがする。冬景色はユーカリの匂いがする。レモンのある静物はレモンの匂いがする。古い金の額縁に収められたものもあり、もっとも見慣れた意味での絵画とのつながりを保っている。

2014年のシリーズは出発点のように読める。それはもっとも素朴な問いを投げる。匂いが絵の意味の一部を運ぶのなら、目はこれまで十分に見てきたのだろうか。

その問いは絵画を弱めない。目がどれほどひとりで働くことに慣れているかを示す。ここで目は待たなければならない。見る者はこすり、嗅ぎ、それからもう一度題名を読む。二度目の視線は一度目と違う。像は変わっていない。見る者がただ、目だけでは見つけられなかったことを知っているのだ。