エッセイ · 嗅覚アート
ペーター・デ・クーペレ「Smoke Cloud」
Peter de Cupere. Smoke Cloud.
白い雲の中は、通りの匂い。
© Peter de Cupere · Peter de Cupere(作家公式サイト)
はしごのある雲
Smoke Cloud は、20年以上匂いを扱ってきたベルギーの作家 Peter de Cupere によるインスタレーション。2013年の作品だ。形はほとんど子どもじみている。ギャラリーに浮かぶ白い雲。
だが雲は、見るためだけのものではない。下にははしごが立っている。観客は登って、雲の中央の開口部から頭を差し入れるよう誘われる。中に入ると、白と、予想していなかった匂いに包まれる。汚れた空気、車の排気ガス。
仕組みはそれだけだ。外には穏やかな像。中には見慣れた不快な匂い。確かめるには登るしかない。
登ることに意味がある。誰も何かを嗅ぐよう強いられはしない。観客は自ら足を踏み入れ、そのあとで何に踏み入ったかを知る。好奇心が人を上へ連れていく。匂いが地上へ連れ戻す。
匂いは都市とともに変わる
Smoke Cloud は旅をしてきた。2015年には、ブエノスアイレスの Museo de Arte Contemporáneo で7月17日から9月12日まで開かれた The Importance of Being… に出品された。分野を越えた約40人のベルギー人作家による展覧会で、ベルギーの現代アートを南米に紹介するものだった。展覧会はその後、2015年末から2016年初めにかけてリオデジャネイロへ巡回した。
作品についての記録によれば、雲は南米の他の都市やオランダでも展示され、De Cupere は場所ごとに匂いの強さを調整している。オランダでは、新しい車のフィルターを通した排気ガス。古いアメリカ車がいまも通りを埋めるハバナでは、はるかに重い。
その細部が、作品の読み方を変える。Smoke Cloud が運ぶのは、汎用的な汚染の匂いではない。それが吊られた場所の汚染だ。各都市の観客は、美術館へ来る途中に通り抜けてきたばかりの空気に出会う。ただしもっと濃く、白い形の中に閉じ込められて。
だから雲は、環境の抽象的な象徴ではない。それはサンプルだ。土地の空気のひと切れを、鼻の高さに置いたもの。
もう嗅がなくなったもの
排気ガスは、都市生活で最もなじみのある匂いのひとつ。なじみすぎて、ほとんど意識にのぼらない。鼻はすぐに慣れる。外に数分いると、匂いは背景に沈み、情報であることをやめる。
Smoke Cloud は、それを再び情報に戻す。誰も予期しない場所、清潔なギャラリーの白い雲の中に置くことで、作品は観客に、気づかなくなっていたものをもう一度嗅がせる。作品がふつう説明されるところでは、狙いは、毎日ともに暮らしながらもう見えなくなった問題に人々の目を覚まさせることにある。
雲であることも偶然ではない。私たちは雲を、澄んだ空、水、軽さと結びつける。多くの都市では、頭上の雲が、煙や塵、排気ガスの混じった靄であることもある。作品はそれを説明する必要がない。雲と鼻を差し出すだけだ。
Smoke Cloud は解決策を示さない。グラフもスローガンもない。観客が頭を抜き、はしごを降り、部屋の空気がどこか違うと感じたときに作品は終わる。空気は変わっていないのかもしれない。ただ鼻が、数分のあいだ、注意を取り戻しただけなのだ。