エッセイ · 嗅覚アート

ペーター・デ・クーペレ「Olfabet」

Peter de Cupere. Olfabet.

もう一度、読むことを学ぶ。今度は鼻で。

Peter de Cupere「Olfabet」。匂いのアルファベット。文字ひとつひとつが香りの分子に対応する

Olfabet © Peter de Cupere · Olfabet(プロジェクト公式サイト、Peter de Cupere)



見えないアルファベット

Olfabet という名前は二つの語をつないでいる。嗅覚にかかわることを意味する olfactory と、alphabet。考えは名前の中にある。これは鼻のためのアルファベットだ。

原理は単純。文字ひとつひとつが匂い、正確には香りの分子に結びつけられている。学ぶ人は、子どもが文字を覚えるように、文字と匂いの組み合わせをひとつずつ記憶する。覚えてしまえば、いくつかの匂いを組み合わせて単語を、いくつかの単語を組み合わせて文をつくれる。

はじめ、読み手は匂いを分け、文字をひとつずつ特定し、綴りを追わなければならない。プロジェクトによれば、練習すると変化が起きる。読み手は匂いの組み合わせを、分解せずに一度にひとつの単語として認識しはじめる。それはまさに目の読み方だ。見慣れた単語の文字をひとつずつ見たりはしない。形を見ている。

玩具ではなく、研究

Olfabet は、数十年にわたり匂いを扱ってきたベルギーの作家 Peter de Cupere(ピーター・デ・クーペレ)による芸術研究プロジェクト。ベルギー・リンブルフ州のハッセルト大学と結びついた PXL-MAD School of Arts の研究グループ MANUFrACTURE の中に位置づけられている。

プロジェクトのサイトには開始時期が記されていない。2022年、Olfabet は Institute for Art and Olfaction の Sadakichi Award(香りを用いた実験的作品に贈られる賞)の最終候補に選ばれた。文字体系が彫刻やインスタレーションと並んで検討されたこと自体、ここでは芸術と研究の境界がいかに薄いかを示している。

プロジェクトは自らの目的を、言語を別の感覚へ翻訳することだと述べる。いま文字には主に二つの扉がある。印刷を通した目と、点字を通した手。Olfabet は三つ目を提案する。それを Olfalanguage と呼ぶ。

匂いがひとつの意味しかもてないとき

Olfabet で最も興味深いのは、匂いがめったにしないことを匂いに求めている点だ。日常では、同じ匂いが人によって違うことを意味する。樟脳は、ある人を祖母の衣装箪笥へ、別の人を診療所へ連れていく。匂いは個人的な記憶を運ぶ。だから共有の記号としては使いにくい。

アルファベットに必要なのはその反対だ。A という文字は、どの読み手にとっても A でなければならない。Olfabet は匂いに、個人的な記憶を脇に置き、学んだ人なら誰もが同じように読む記号になることを求める。

これは、人がどう匂いを嗅ぐかについての実験だ。目が数千年の文字の歴史で身につけた精度を、鼻も学べるのか。それとも匂いには、記号に還元できない何かが常に残るのか。

プロジェクトはこの問いに決着をつけない。ひとつの体系を差し出し、試してみるよう誘う。

息をして読む

目で読むことは、距離をおいて起こる。ページは動かず、私たちがその上を通り過ぎる。鼻で読むのは違う。匂いは、認識されるために体の中に入らなければならない。読み手は息を吸う必要がある。その一瞬、文は肺の中の空気になる。

匂いの文は長くはもたない。漂い、周りの空気と混ざり、薄れていく。もう一度読むには、もう一度開けなければならない。紙に書かれた文字は残る。匂いは残らない。だから Olfabet は言語の寿命について問いを投げかける。まだ空気中にあるあいだしか読めないメッセージは、石に刻まれたメッセージとどう違うのか。

De Cupere のより広い実践と並べると、Olfabet はより体系的な一歩だ。以前の多くの作品で、彼は匂いを使って像に意味を加えてきた。ここでは匂いを、像を伴わないひとつの言語として単独で立たせている。