エッセイ · 嗅覚アート
ピエール・ユイグ「UUmwelt」
Pierre Huyghe. UUmwelt.
この部屋には自分の世界がある。来場者は通り過ぎるだけ。
頭の内側からの映像
2018年10月3日から2019年2月10日まで、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで、フランスの作家ピエール・ユイグの「UUmwelt」が展示された。
作品はひとつの実験から始まる。参加者は fMRI スキャナーに入り、ある像を思い浮かべるよう求められた。何を思い浮かべたのか、ユイグは明かさなかった。そのあいだの脳の活動をスキャナーが記録した。
そのデータは、いくつかの深層ニューラルネットワークにかけられた。像を認識するために作られた種類の人工知能だ。ネットワークは脳のパターンを既知の画像のデータベースと照らし合わせ、その人が思い描いたものを再構成しようとした。作品は、脳から像を解読する研究をしている日本の京都の研究室と共同で制作された。
結果は五つの大きな LED 画面に映し出された。絶えず変わりつづける何千もの像。半ば認識でき、半ば溶けていく。どれも完成することはない。すべてがあいだにある。
ハエ、光、来場者
部屋にあるのは機械だけではない。ユイグはクロバエの群れを放った。ハエは会期中ずっと繁殖し、一世代はおよそ二週間を生きた。来場者は、ハエが画面にとまり、光を横切り、壁を歩くのを見た。
ハエは客ではない。システムの一部だ。センサーが光、ハエの活動、来場者の動きを記録し、それをニューラルネットワークに戻して映像を変えた。部屋は、内側で起きることに合わせて自らを調整する。
壁にも手が加えられた。塗装が削られ、サーペンタインの過去の展覧会の痕跡が現れた。アーサー・ジャファの展示やレオン・ゴラブの絵画などが、かすかな模様として浮かび上がる。ユイグのHole for Ratでは、彼が別の種の匂いをまったく違うやり方で使っているのがわかる。
脳波からの匂いの連なり
同じスキャンデータから、ユイグは一連の匂いとサウンドトラックを作り上げた。匂いは部屋に広がり、時とともに移り変わった。来場者はそれを、ときに不快に、ときに名づけられない奇妙な連想をかき立てるものとして感じた。
匂いは画面にできないことをする。LED の像は観る人の外側に留まる。目をそらすことができる。匂いは入ってくる。ハエ、変わりつづける光、歪む像とともに、それは長く立っているのが難しい、落ち着かない空間をつくった。
匂いは心地よさのために選ばれたのではない。部屋を飾りはしない。同じ思考のもうひとつの翻訳。ピクセルの代わりに分子で書かれた。
二つの U
Umwelt はドイツ語で環境を意味する。生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルはこの語を、それぞれの種が自らの感覚を通して知覚する固有の世界を指して使った。ダニ、ハエ、人間は隣り合って生きている。それぞれ別の世界に。
ユイグは題名を U を二つ重ねて綴る。余分な一文字は、重なり合わない世界のあいだの橋として、あるいは亀裂として働く。人間の脳、機械学習、ハエ、来場者。
「UUmwelt」は物語を語らない。それは小さな生態系だ。生き、計算し、誰かが見ていてもいなくても動きつづける。来場者はもう一匹の生き物として、自分の感覚の世界を携えて入ってくる。そして匂いが思い出させる。この部屋は人間の目だけのためにつくられたのではない、と。