エッセイ · 嗅覚アート

ピエール・ユイグ「Hole for Rat」

Pierre Huyghe. Hole for Rat.

人間のために書かれたのではない香り。

The Artist's Institute(ニューヨーク、2014年)のピエール・ユイグ:クモの巣が張ったギャラリーの地下と、ラットのためのトンネル

Spiders、The Artist's Institute 2014。提供:The Artist's Institute · ARTnews



床の穴

2014年の夏、ピエール・ユイグはニューヨークのロウアー・イースト・サイド、エルドリッジ通りにあるハンター・カレッジのアートスペース、The Artist's Institute で展覧会を開いた。会期は8月17日まで、四つのパートに分かれていた。

部屋に現れたのは絵画でも彫刻でもなく、生き物だった。小さな地下のギャラリーにはユウレイグモが放たれた。ハエもいた。そしてラットに招待状が送られた。

その招待は「Hole for Rat」と呼ばれた。ユイグはインスティテュートの床に深く細いトンネルを掘らせた。外のラットが自由に入り、自由に出ていける通路。檻も、罠も、飼育係もない。

それから彼は匂いを加えた。部屋の表面にはスクアレンが塗られた。雌ラットが分泌する無色の液体で、性フェロモンとして働く。ARTnews によれば、ゴキブリを引き寄せることでも知られている。

人間ではない観客

ふつうの展覧会には二つの側がある。作品と、観る人。ユイグは三つ目を加えた。クモは天井や隅に巣を張った。ハエは通り過ぎた。ラットは、来るなら匂いをたどるだろう。その動き、適応、逃走が作品の核をなした。

クモの多くは数日のうちに姿を消した。外へさまよい出たもの、見えない所へ潜り込んだもの、オープニングで踏まれたもの。誰もそれを制御しなかったし、ユイグも制御しようとはしなかった。

「Hole for Rat」はその考えを最も遠くまで押し進める。ラットのフェロモンは人間の鼻にはほとんど何の意味もない。来場者は入ってきて、床の穴を見て、壁に何かが塗られていることを知る。だがラットのようには感じとれない。部屋の匂いは、人間が外側に立つ言語で書かれている。

ARTnews が展覧会を報じた時点で、通路を抜けてきた外の生き物は一匹のネズミ(マウス)だけだった。ユイグが名指ししたラットではない。だからといって作品が失敗したわけではない。招待は、誰が来るかを決められない。それを示しただけだ。

条件をつくる者としての作家

ピエール・ユイグは1962年パリ生まれ。2000年代後半から、生きたシステムとの仕事を増やしてきた。動物、植物、微生物、自ら動いていく小さな生態系。2012年のドクメンタ13では、カッセルの公園の一角に「Untilled」をつくった。片脚をピンクに塗られた犬と、頭が蜂の巣になった横たわる像。

これらの作品でユイグは、完成した物をつくらない。条件を整え、ことが起こるにまかせる。クモがどこに巣を張るか、ラットが来るかどうか、匂いがどれほど速く薄れるか。何ひとつ前もって決まっていない。

匂いはその仕事の仕方に合っている。彫像のようにその場に留まらない。蒸発し、表面にしみつき、漂い、時とともに弱まる。オープニングの夜に塗られたフェロモンは、数週間後には違うものになっている。誰も触れないまま、作品は変わっていく。

招かれているのは誰か

「Hole for Rat」で心に残るのは、人間を端へ押しやることだ。匂いを使った芸術も含め、ほとんどの芸術は観る人のためにつくられる。ここでは観る人はただの証人。本当の客は、たいていの人が家から追い出したい動物だ。

その選択は少し可笑しく、少し居心地が悪い。ギャラリーは誰のものか、と問わせる。白い壁、清潔な床、開館時間。すべてがひとつの種のために造られている。ユイグはその前提に小さな穴を開ける。

彼はその問いをのちの作品にも持ち込んだ。ハエと映像がひとつの部屋を分け合うUUmweltもそのひとつ。だが2014年のエルドリッジ通りでは、問いは最小の手段で投げかけられた。ひとつの穴と、人間の鼻がほとんど感じとれない匂い。