エッセイ · 現代アート
レイチェル・ホワイトリード(Rachel Whiteread)「House」
Rachel Whiteread. House.
空っぽにも、かたちがある。
提供:Artangel · Artangel
裏返された家
1993年の秋、ロンドン東部ボウ地区、グローヴ・ロードとローマン・ロードの角で、通りがかった人々は奇妙なものを見た。ヴィクトリア朝のテラスハウスの大きさと輪郭をしている。だが扉はない。窓は塞がって固い。全体がひとつの灰色のコンクリートの塊で、表面はくぼみと隆起に満ちていた。
これがレイチェル・ホワイトリードの「House」である。本物の家がその場所に建っていて、すでに取り壊しが決まっていた。その前に、ホワイトリードはそれを型として使う許可を得た。
方法は説明するのは簡単で、実行するのは難しい。内壁に剥離膜を塗る。それから部屋ごとにコンクリートを吹きつける。まず白く細かな層、次にメッシュで補強したコンクリートをおよそ10センチ、角はボルトで留める。固まったら、外側のレンガの壁を取り去る。残ったのは、内部のあらゆる空っぽの空間のかたちが、ひとつの塊として鋳込まれたもの。
家は消えた。人が歩き、座り、眠った場所が見えてきた。
内へ押し込まれた痕跡
「House」の近くに立つと、建物の暮らしを逆さに読むことができた。コンセントは小さな穴に。暖炉は四角いくぼみに。天井の廻り縁は溝に。窓枠は沈んだパネルとして現れた。埋められた目のように。
ホワイトリードはそれ以前から、もっと小さな規模で空っぽの空間を型取りしていた。ベッドの下の空間、浴槽、ひとつの部屋。彼女の考えは新しいかたちを発明することではなかった。毎日気づかずに通り過ぎる空間を取り上げ、重さを与えた。「House」でその空っぽは建物ひとつの大きさに達し、通りに立った。
プロジェクトを実現したのは Artangel、美術館の外でアートを成立させる組織である。白い壁もなく、チケットもない。作品は住宅街に、そこにまだ暮らす人々のすぐそばに立った。
通りにあったのは3か月足らず
「House」は1993年10月25日に公開された。Artangel によれば、およそ10週間で10万人以上が見に来た。コンクリートに書き込む人がいた。長いあいだ立ち尽くす人がいた。侮辱だと感じる人もいた。
論争は地方行政にまで及んだ。ボウ地区の近隣評議会は作品の取り壊しを議決した。議長は厳しい言葉で作品を評し、彼の決定票が結果を決めた。一方、下院では作品をさらに3か月残すよう求める動議が出された。
同じ年、ホワイトリードは女性として初めてターナー賞を受けた。賞はコンクリートを救わなかった。「House」は1994年1月に取り壊された。どんな家よりも短い命だった。
今日、「House」は写真と記録と、その前に立った人々の記憶のなかにしかない。言いかえれば、それはかつて自らが型取りしたものそのものになった。物があった場所の、空っぽの空間に。
空っぽがなぜ覚えておくに値するのか
人はたいてい、物を通して家を覚えている。テーブル、衣装箪笥、壁の絵。ホワイトリードはそれらをすべて取り除いた。物と人が占めていた空間だけを残した。結果は入ることのできないものだが、内側にいたときの感覚を正確に呼び起こす。
「House」は変わりゆく地区のことも語る。取り壊しの印をつけられた家が、その消失の記念碑となり、そして自らも消えた。作品はどちらの側にも立たなかった。ただ記録した。
「House」のあとも、ホワイトリードは別の空っぽの空間を型取りし続けた。階段の下の空間のように。それでも人々が最初に挙げるのは「House」だ。短かったからかもしれない。かつて誰かの家だったからかもしれない。