エッセイ · 現代アート
レフィーク・アナドール「Unsupervised: Machine Hallucinations」、MoMA
Refik Anadol. Unsupervised: Machine Hallucinations, MoMA.
美術館が、自らを思い出すとき。
アーカイブが機械に入る
2022年11月19日から2023年10月29日まで、ニューヨークの MoMA で、大きなスクリーンが一瞬も止まらなかった。色の塊が巻き、溶け、かたちに立ち上がっては崩れる。見分けられる絵はひとつもない。それでも、見る人はどこか見覚えのあるものを感じた。
これがレフィーク・アナドールと彼のスタジオによる「Unsupervised: Machine Hallucinations」、MoMA である。作家自身のサイトによれば、チームは MoMA のデジタルアーカイブから138,151点の画像を機械学習モデルに与えた。モデルは各画像を1,024次元の数学的空間の一点に変えた。似た作品は近くに、異なる作品は遠くに置かれる。
プロジェクトは MoMA の二人のキュレーター、ミシェル・クオ(Michelle Kuo)とパオラ・アントネッリ(Paola Antonelli)とともに制作された。アナドールは自らのシリーズを machine hallucinations(機械の幻覚)と呼ぶ。MoMA では、その幻覚の源が美術館そのものだった。
誰も教えない
Unsupervised は機械学習の用語。誰もデータにラベルをつけずに学習させることを指す。機械は、これはキュビスム、あれは写真、これは椅子のデザイン、と教えられない。自らの論理で、自ら結びつきを見つける。
アナドールは StyleGAN2 と呼ばれるネットワーク構造を使い、モデルが築いた数学的空間のなかをソフトウェアにさまよわせた。一歩ごとに新しい画像が生まれる。だからスクリーンはループする映像を流しているのではない。動いている過程を見せている。
結果はコレクションのどの一点にも似ていない。けれども、見知らぬものでもない。ある時は色の広がりが抽象絵画を思わせる。ある時は曲線がデザインされた物を思わせる。見る人は、それぞれがこれまでに見てきたものに応じて、それぞれに推し量る。
アナドールは自らの仕事を、機械の無意識の判断をたどることだと言う。無意識はもちろん比喩である。けれども、スクリーンの前の感覚を言い当てている。何かが考えているのを見ている。何を考えているのかは知らずに。
美術館は夢みる
美術館はふつう、その逆をする。分類し、ラベルをつけ、年代を記し、素材を並べ、一点ずつ箱に収める。「Unsupervised」はラベルをすべて外す。キュビスムの絵と椅子、写真とポスター。すべてが同じものになる。かたちと色についてのデータ。
これを不穏に思う人もいる。文脈と作り手の名が消されるから。美しいと思う人もいる。コレクションを目録ではなく、生きた塊として見せるから。作品はどちらの側にも立たない。誰もが通り抜ける空間で、問いを見る人の前に置く。
アナドールは他のプロジェクトでもこの方向を追った。たとえば「Machine Dreams: Rainforest」では、機械は絵ではなく熱帯雨林から学ぶ。MoMA では主題そのものが重みを持つ。近代美術の最も重要な美術館のひとつが、機械に自らの記憶全体を振り返らせる。
スクリーンの前で、どの一点についても新しく知ることはない。けれども、記憶の働き方について何かを知る。記憶は保存しない。変えていく。そしておそらく、そのあと上の階の絵は少し違って見える。より大きな夢の小さな断片のように。