エッセイ · 現代アート
ヴォルフガング・ライプ「Pollen from Hazelnut」
Wolfgang Laib. Pollen from Hazelnut.
いくつもの春が、ひとつの床に平らに置かれている。
Buchmann Galerie · Buchmann Galerie
アトリウムの黄色の面
2013年1月23日から3月11日まで、ニューヨーク近代美術館の Donald B. and Catherine C. Marron Atrium の床に、黄色の長方形が横たわっていた。大きさは約18×21フィート。額もなく、台座もなく、ガラスもない。
長方形はすべてヘーゼルナッツの花粉でできていた。作家を扱う Buchmann Galerie によれば、それはヴォルフガング・ライプのそれまでで最大の花粉のインスタレーションだった。
花粉は絵具のようには見えない。粉である。一粒一粒がわずかな光をとらえるので、黄色は平らにとどまらず、内側から照らされているように見える。Buchmann Galerie は、作品が空間を黄色の輝きで満たしたと書いた。
ライプはアトリウムを美術館のもっとも内奥の空間と見て、子宮になぞらえた。作品はその場所のためにつくられた。
20年近い採集
この花粉はひとつも買われたものではない。ライプは1990年代半ばから、南ドイツの小さな村にある自宅とアトリエのまわりの植物から、自分で集めた。2013年までに、それは20近い季節になっていた。
ハシバミは晩冬から早春にかけて、短いあいだだけ花をつける。集める者はちょうどその時にそこにいて、ゆっくり作業し、何年も辛抱しなければならない。一度の採集で得られる粉はわずかだからだ。MoMA の長方形は単なる面積ではない。時間と労働が重ねて置かれたものである。
設置のとき、ライプは花粉を床にふるい落とし、層に層を重ね、均一な面をつくる。来館者はこの作業を見ない。見るのは結果だけ。ずっと前からそこにあったような、静かな黄色の面。
医学から生きた素材へ
ヴォルフガング・ライプ(Wolfgang Laib)は1950年にメッツィンゲンで生まれ、医学を学んだのち、インドで過ごした時期を経てアートへ移った。1970年代半ばから、自然から取った一つか二つの素材で作品をつくっている。ミルク、大理石、花粉、米、蜜蝋。Buchmann Galerie は、それらが純粋さと象徴的な連想ゆえに選ばれていると記す。
ライプが素材を別の形に変えることはまれだ。彼の仕事は集め、保ち、置くこと。作品は、ほとんど素材が自らを差し出しているものである。
花粉についてライプは、それは植物の生命の潜在的なはじまりだと語っている。それほど単純で、それほど美しく、それほど複雑であり、生きている者なら誰でも花粉が大切だと知っている、と。
同じ年、ワシントンでライプは The Phillips Collection のために、蜜蝋で覆った小さな部屋「Wax Room」をつくった。並べると、二つの作品はひとつの実践の二つの顔を見せる。蜜蝋は、蜂が花の季節を通り抜けたあとにつくるもの。花粉は、花が手放すもの。どちらも春の素材であり、つくられたのではなく、人によって集められた。
触れられないもの
「Pollen from Hazelnut」はとても脆く、すきま風や不用意な一歩で乱れかねない。足もとの高さで床に横たわっているのに、誰も踏まない。来館者はその縁に立つか、上の階から見下ろす。
ここには静かな緊張がある。花粉は飛ぶために、風に運ばれて別の花へ届くために存在する。ライプはそれを引きとめ、風のない部屋に平らに広げる。花粉は自分の仕事ができない。見られるために、ただそこに横たわる。
だからこそ人は立ち止まるのかもしれない。混み合うマンハッタンの美術館で、ドイツの村のハシバミの木から来た黄色の面が思い出させる。速くつくれないものがある、と。もっと欲しければ、次の春を待つしかない。