エッセイ · 写真
ソフィ・カル「The Hotel」。
Sophie Calle. The Hotel.
客は出かけた。持ち物が残り、語る。
Tate · Tate
客室係の仕事
1981年、ソフィ・カルはヴェネツィアのホテルで臨時の客室係の職に就いた。任されたのは4階の12室。仕事は3週間続いた。
ほかの客室係と同じように、ベッドを整え、タオルを替え、洗面台を拭いた。けれどモップのバケツにはカメラとテープレコーダーを隠していた。客が出かけると、衣装棚を開け、スーツケースの鍵を開け、持ち込まれたものを見て、撮影した。
ベッドの状態、テーブルの上の本や新聞、絵葉書、旅の服、カーニバルの衣装、洗面台のそばに並ぶ香水やオーデコロンの瓶を書きとめた。屑かごの中を見た。手紙や日記を読んだ。
どの客も知らなかった。夕方に戻り、整えられたベッドを見て、それ以上何も思わなかった。
部屋ごとの写真と言葉
作品は部屋番号ごとに分かれる。各部屋がひとつの組になる。物の写真と、彼女が書いた文章が並ぶ。見たこと、したことが、日付と時刻とともに記録されている。
テートはこの組のうち四つを所蔵する。28号室、29号室、44号室、47号室。どれも肖像だが、顔のない肖像。滞在者が触れたもの、開けたもの、ベッドやテーブルに置いていったものだけ。
カルの文章は乾いていて、ほとんど報告書。記録し、めったに注釈しない。その慎重さが、読む者の想像を動かす。この人は眠る前に何を読むのか。一人旅なのか、誰かと一緒か。どれくらい滞在するつもりか。文章は答えない。細部を足すだけで、残りは読む者に組み立てさせる。
「The Hotel」はのちに1984年にフランス語で本として出版され、その後「Double Game」に収められ、英語の単独の本として出たのはごく最近のこと。
私生活の境目
「The Hotel」は見る者を落ち着かない場所に立たせる。私たちはカルの肩越しに、自分のものではない物を見る。それは好奇心であり、侵入でもある。作品はそれを隠さない。
カルはこの境目をめぐって多くのプロジェクトをつくった。その2年前、「The Sleepers」では見知らぬ人々を自分のベッドで眠らせた。「The Hotel」では逆へ向かう。見知らぬ人々のベッドと持ち物の中へ、その人たちがいないあいだに。
カルは自分の役割を隠さない。文章は彼女自身の声で、各部屋でしたことを記録する。いつ入ったか、何を開けたか、何を見つけたか。だから見る者は客の物だけでなく、見ている誰かを見ることになり、自分はどこに立っているのかと考える。
ホテルの部屋は、もっとも私的で、もっとも仮の空間。人は数晩泊まり、家にいるように物を広げ、そして去る。カルが入り込むのは、まさにその短いあいだ。物がまだ、使ったばかりの誰かのぬくもりを帯びているうち。
痕跡としての物
「The Hotel」のあとに残るのは、誰の秘密でもない。暴かれるスキャンダルはない。カルが見つけるのはありふれた物。歯磨き粉、本、服、ごみ。
けれど、そのありふれた物がいちばん多くを語る。シャツのたたみ方、枕元に置くもの、旅に持ってくる香水。物は不在の人々の痕跡になり、見る者がほとんど人物像を組み立てられるほどはっきりしている。
カルは彼らを一度も見なかった。見る者も見ない。残るのは部屋だけ。1981年のある朝、滞在者が出かけたばかりの部屋。