エッセイ · 写真

ヴォルフガング・ティルマンス「Concorde Grid」

Wolfgang Tillmans. Concorde Grid.

地上にいる者なら誰でも、空を見ることができる。

ヴォルフガング・ティルマンス「Concorde Grid」。グリッド状に並ぶ56枚の小さなカラー写真。屋根や柵の上の空を横切るコンコルド

Tate · Tate



56回、見上げる

「Concorde Grid」は、56枚のカラー C プリントを縦横の列に密に並べたグリッドである。ヴォルフガング・ティルマンスが1997年に制作した。56枚はすべて同じ被写体を持つ。コンコルド。イギリスとフランスが共同で開発した超音速旅客機。

それでも、ほとんどのフレームで機体は小さい。空に浮かぶ白い、あるいは暗い三角形。ときに雲の中へほとんど消えかける。フレームの残りは、撮影者を取り囲んでいたものだ。屋根、街灯、電線、金網、空港近くの草。離陸を写したもの、すでに高く上がった機体を写したもの、真上を通過する瞬間をとらえたものがある。

ティルマンスはロンドンで撮影した。コンコルドが毎日発着していた街だ。彼は飛行経路の下で待ち、機体が通る時刻を知っていて、頭上にあるわずか数秒のうちに撮った。そしてまた待った。写真は、1997年にロンドンのチゼンヘール・ギャラリー (Chisenhale Gallery) で開かれた個展「I Didn't Inhale」に合わせて制作された。

下から見たアイコン

コンコルドは多くの意味を担っていた。音速の2倍で飛び、大西洋を約3時間半で横断した。航空券はあまりに高く、機内に座れたのはごく少数だった。多くの人にとって、それは20世紀の技術的な野心の象徴であり、未来はもっと速くなるという信念だった。

ティルマンスは、その野心を所有する側から撮らなかった。ただそれを見るだけの側から撮った。空港近くの庭にいる子どもかもしれない。道端に車を停めた運転手かもしれない。エンジンの轟音に顔を上げる歩行者かもしれない。彼らが乗ることはない。けれど見ることは自由だった。特権のない視点である。

グリッドがそれを強める。主役として拡大された一枚はない。最高の瞬間もない。56のフレームが同じ高さに並ぶ。誰かが手を止めて見上げた56回のように。グリッドに沿って歩くと、見る者はひとつの物を何度も目にする。そのたびに違う。陽、雲、夕暮れ、灰色の空。飛行機は変わらない。変わるのは空と、その下にいる人だ。

ゆるやかで階層のない展示は、1990年代のティルマンスのインスタレーションの特徴だった。彼はしばしばプリントを直接壁にテープで貼り、大小を混ぜた。「Concorde Grid」では、より詰まった均一な枠組みを選んだ。その規則性が、グリッドを記録簿のように、注意の日記のように読ませる。

空から去った物

2000年、コレクターのポジュ・ザブルドウィッツとアニタ・ザブルドウィッツ (Poju and Anita Zabludowicz) が「Concorde Grid」をテートに寄贈した。2013年にはテート・ブリテンの「Looking at the View」で再び展示され、数世紀にわたるイギリスの風景画と並んだ。

その並びの中で、グリッドは違って読める。風景画家たちはしばしば空を不変のものとして扱った。ティルマンスは、何かが空を横切る瞬間を撮った。そしてその何かは、もう存在しない。コンコルドは2003年に飛行を終えた。かつてロンドンの日常の光景を記録した写真は、いまは失われたものの記録である。

だから「Concorde Grid」は、30年近く経っても重みを持つ。制作された当時、それは現在についてのシリーズだった。いまはアーカイブである。あの飛行経路の下に立ち、同じフレームを撮り直せる者はいない。残るのは、かつて見上げた人々と、彼らに代わって記憶する56枚の小さな写真だけ。数年後、ティルマンスは逆の方向へ進んだ。カメラそのものを脇に置き、Freischwimmer で光に紙の上を描かせた。