エッセイ · 嗅覚アート

Ancient Splendor: Roman Art in the Time of Trajan.

大理石は残る。匂いは建て直さなければならない。

Ancient Splendor:セントルイス美術館で公開されているトラヤヌス時代のローマの大理石彫刻

画像提供:Saint Louis Art Museum · Hyperallergic



皇帝と、その周りの人々

トラヤヌスは98年から117年までローマを治めた。のちに五賢帝と呼ばれる皇帝たちの二人目である。帝国が領土を広げ、多くを建設し、前後の時代に比べればかなり安定していた時期だ。

「Ancient Splendor: Roman Art in the Time of Trajan」は、ミズーリ州のセントルイス美術館(Saint Louis Art Museum)で2026年8月16日まで公開される。企画はローマ市の考古学キュレーター、ルクレツィア・ウンガロ(Lucrezia Ungaro)。美術館側の担当キュレーターはハンナ・シーグレイブ(Hannah Segrave)。

出品物はイタリア各地から来ている。ヴァチカン、オスティア・アンティカの遺跡、ローマ国立博物館、ナポリ国立考古学博物館。1世紀から2世紀への変わり目ごろに彫られたトラヤヌス自身の大理石像がある。112年から114年ごろとされる、妻プロティナの巨大な胸像がある。女神ケレスの姿をしたサビナ、裸のアポロン、金とガラスとエメラルドの装身具、パリスの審判を描いたフレスコ画もある。

この顔ぶれからは、権力の展覧会を想像するかもしれない。だが重心は別のところにある。戦争や征服ではなく、トラヤヌス時代の感覚の暮らし。ローマの人々が何を身につけ、何を食べ、何を肌にすり込んだか。

香りの箱

彫像の部屋のあいだに、香りのステーションがある。来場者は箱を開け、身をかがめる。匂いを再構成したのは、Institute for Digital Archaeology の技術ディレクター、アレクシー・カレノウスカ(Alexy Karenowska)。技術を使って遺産を再現する組織である。

ある箱には、バラと蜂蜜でつくった香油が入っている。香油はローマの暮らしになじんだもので、入浴のあと肌や髪に塗られた。蜂蜜とバラは、当時の地中海世界で手に入りやすい素材だった。

別の箱にはガルムが入っている。発酵させた魚醤で、ベトナムの人々がよく知るヌックマムに近い。ローマの台所で最もありふれた調味料のひとつだった。ガルムをバラの油の隣に置くのは、率直な選択だ。ローマは神殿や浴場の匂いだけではなかった。魚の、塩の、日なたで発酵する甕の匂いがした。

これらの匂いは、どれも元のまま残ってはいない。再構成された古代の匂いは、残されたものに頼るしかない。文献、器、素材の知識。だから箱のひとつひとつは仮説である。失われたものについての、根拠ある推測。ポンペイではシセル・トラース(Sissel Tolaas)もまたローマの都市の匂いを探している。別の道筋で。今も現地に残る土と素材から。

白い大理石という誤解

私たちはローマ美術を白い世界として思い浮かべがちだ。白い彫像、白い柱、白い床。だがその像の大半は時間の仕業である。彩色は剥がれ、匂いは消え、石だけが残った。生きていたローマは、色と匂いと騒音に満ちていた。

セントルイスの香りの箱は、誤解のすべてを正すわけではない。小さな隙間を開ける。来場者はプロティナの胸像の前に立ち、それから、同じ時代の女性の肌に塗られていたかもしれない油を嗅ぐ。二千年は消えない。だが、もうひとつの次元を得る。

心に残るのは、鼻もまた考古学の道具だと、この展覧会が受け入れていることだ。目は形をくれる。鼻はその形の内側の暮らしをくれる。浴場、食事、市場の通り。

展覧会が終わったあとも、トラヤヌス像は長く立ち続ける。香りの箱は片づけられる。ローマそのものもそうなのかもしれない。残るのは石、生きていたのは匂い。