エッセイ · 嗅覚アート
アニカ・イ(Anicka Yi)「Life Is Cheap」。
Anicka Yi. Life Is Cheap.
人を見るより先に、私たちはその人を嗅いでいる。
Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum
賞と、ひとつの入口
アニカ・イは2016年、ニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館が隔年で授与するヒューゴ・ボス賞(Hugo Boss Prize)を受賞した。受賞者展「The Hugo Boss Prize 2016: Anicka Yi, Life Is Cheap」は、2017年4月21日から7月5日までグッゲンハイムで開かれた。
来場者はまっすぐ展示室に入ったのではない。まず、イが囲い(ホールディング・ペン)としてつくった入口を通った。人を留め置き、検査し、選り分けてから通すための空間だ。その内部では、金属の容器から、作家が構想した香りが放たれていた。
香りの名は「Immigrant Caucus」。イはコロンビア大学の科学者チームとともに、アジア系アメリカ人女性の汗と、オオアリが発する物質から取り出した化合物をもとに、この香りを導き出した。
作品をひとつも見ないうちに、来場者はすでにその匂いを服と髪にまとっていた。印をつけられたばかりの人のように、彼らは部屋に入った。
鏡のなかのアリの巣
展示室の奥には、生きたアリのコロニーを収めた二つ目のジオラマがあった。アリは、鏡の面に果てしなく映る通路の網のなかを動いた。外から見ると、それは巨大なデータ処理装置に似ていた。アリの一匹一匹が、回路を走る信号だった。
コロニーは、入口を満たしていたのと同じ「Immigrant Caucus」のなかで生きていた。グッゲンハイムによれば、これはアリと人間が心的な状態を共有する可能性を開いた。二つの種、二つの神経系が、ひとつの化学的な信号を分け合う。
アリは匂いで生きる。道を見つけ、仲間を見分け、化学的な痕跡で互いに警告する。巣の匂いを失ったアリは、よそ者として扱われる。人間の汗のそばにアリを置くことで、イは彼らの世界を借りて、私たちの世界を語る。
展覧会の別の場所では、長年扱ってきた素材であるバクテリアを用いた。バクテリアに国境はない。人とともに、物とともに、空気とともに移動する。
人種、移民、感染への恐れ
「Life Is Cheap」は、匂いを重い問いのなかに置く。人種、移民、そして感染への恐れ。この三つは長いあいだ結びつけられてきた。多くの時代に、移民は匂いを通して語られた。その食べ物、その体、その住む界隈。匂いは、誰が属し、誰が属さないかを印づける手段になった。
イはその仕組みを反転させる。よそ者と見なされがちな集団の匂いを取り、美術館に入るすべての人の上に重ねる。もはや嗅ぐ者と嗅がれる者はいない。誰もが同じ香りをまとって扉をくぐる。
コーカス(caucus)とは、閉ざされた会合、利害を共にする集団のこと。「Immigrant Caucus」は共通の声をもつ集団を思わせる。そしてここで、その声は言葉ではない。匂いである。
その二年前、「You Can Call Me F」で、イは百人の女性から採ったバクテリアを培養し、女性のネットワークへの恐れを語った。「Life Is Cheap」はその道をたどりつつ、より広い問いを立てる。見知らぬ体は迎え入れられるのか、隔離されるのか。そして私たちの鼻は、どれほど速くそれを決めてしまうのか。この展覧会は、壁の絵のようには見られない。吸い込まなければならない。