エッセイ · 嗅覚アート
アニカ・イー「In Love With The World」
Anicka Yi. In Love With The World.
場所の空気は、その歴史を留めている。
展示風景、Hyundai Commission: Anicka Yi、Tate Modern · Tate
大きなホールの二つの種
2021年10月12日から2022年1月16日まで、ロンドンのテート・モダンのタービン・ホールはアニカ・イーのものだった。ヒュンダイ・コミッション。毎年ひとりのアーティストを招き、美術館で最大の空間のための作品をつくらせるプログラムである。
イーはホールをひとつの大きな物で埋めはしなかった。彼女がエアロブ(aerobes)と呼ぶ飛ぶ機械を放った。種は二つ。ゼノジェリー(xenojelly)は半透明の体を持ち、上部は色とりどりで、下には模様のある触手があり、クラゲを思わせる。プラヌラ(planula)は球根のようにふくらみ、短い黄色の毛に覆われている。
どちらもヘリウムで満たされ、小さなローターで動き、小型のバッテリーパックで動力を得る。決まった経路はたどらない。周囲の要素に反応して、個としての、また群れとしてのふるまいを見せる。
来場者は床に立ち、見上げる。ひとつが近くへ漂い、別のひとつが離れていく。物語は語られない。あるのは生きている空間だけ。
毎週、ひとつの時間の層
作品の見えない部分は匂いだ。イーはそれをセントスケープ(scentscapes)と呼ぶ。毎週変わり、そのたびにバンクサイドの歴史のある時期を呼び起こした。バンクサイドはテムズ川の南岸、テート・モダンが立つ土地である。
ある週は海の匂いがした。この土地が水の下にあった先カンブリア時代を思わせる。別の週は白亜紀の植物を運んだ。別の週は20世紀の機械時代の石炭とオゾン。別の週は、14世紀の人々が黒死病に抗して使ったスパイス。
この連なりは歴史の授業ではない。来場者は年表に沿って導かれない。ある週に入ってきて、ある層に出会う。10月に来た人と1月に来た人は、同じ土地のまるで違う二つの過去を嗅いだかもしれない。
香りが変わると、エアロブも変わった。テートによれば、そのふるまいと相互作用はセントスケープごとに展開した。空気はもはや背景ではない。システムの一部である。
呼吸する古い発電所
タービン・ホールはかつて発電所のタービン室だった。機械と熱と石炭を収めるために建てられた場所だ。イーは、かつて石炭を燃やした部屋に石炭の匂いを戻した。ただし今回は、新しい機械の生き物とともに。軽く、漂い、何も生み出さない。
イーは1971年にソウルで生まれ、ニューヨークで活動する。このプロジェクトの前から長年、細菌、菌類、食べ物、匂いと仕事をしてきた。2016年にヒューゴ・ボス賞を受賞し、その受賞展Life Is Cheapですでに匂いを中心的な素材として使っている。「In Love With The World」はその関心を別の規模へ運んだ。ヴィトリーヌでも小さなテントでもなく、屋内の大気そのものへ。
作品の問いはテクノロジーではない。関係である。機械が私たちと同じ環境に住み、同じ空気に反応できるなら、生物とつくられた物との境界はどこに引かれるのか。イーは答えない。エアロブのように、問いを宙に浮かべたままにする。
この作品が心に残るのは、美術館のいつもの順序を逆にするからだ。ふつうは来場者が動き、作品は静止している。ここでは作品が動き、匂いが動き、来場者は立ち止まって呼吸する。かつて都市のために電気をつくっていた部屋が、今は別のものをつくる。毎日なにも考えずに吸っている空気への注意を。