エッセイ · 嗅覚アート
アニカ・イー「7,070,430K of Digital Spit」
Anicka Yi. 7,070,430K of Digital Spit.
忘れることにも、痕跡が残る。
展示風景、Kunsthalle Basel · Anicka Yi Studio(アーティスト公式サイト)
五年間のコーダ
2015年6月12日、スイスのクンストハレ・バーゼルで、アニカ・イーの「7,070,430K of Digital Spit」が開幕した。展覧会は1階全体を使い、8月半ばまで続いた。
クンストハレ・バーゼルはこれを、イーの五年間の制作と展覧会づくりのコーダと説明した。その年月は、ごく個人的な主題をめぐっていた。否認、離婚、死。バーゼルで彼女は、それらを閉じるためにもうひとつの主題を加えた。忘却である。
そのわずか数週間前、ケンブリッジでイーはほぼ同じタイトルの展覧会6,070,430K of Digital Spitを開いていた。風味と感覚の記憶についての展覧会だ。バーゼルでは最初の数字がひとつ増え、向きが反転した。ケンブリッジが私たちはどう覚えるのかを問うたなら、バーゼルは私たちはどう忘れるのかを問うた。
タイトルそのものがデータファイルの容量のように読める。七百万キロバイトを超えるデジタルの唾液。イーは数字を説明しない。だが忘却という主題の横に置くと、問いが浮かぶ。人の記憶を容量で測れるとしたら、新しいものの場所をつくるには、どれだけ消せばいいのか。
じっとしていない素材
13点の作品が展示された。題名だけで奇妙な目録のように読める。Laptop Lap Burn、Shameplex、Lung Condom、Lapidary Tea Slave、ALZ/AZN、2666。診断名のようなもの、本のようなもの、翻訳を拒む言葉遊びのようなもの。
素材もまた。スタジオによれば、イーは傷みやすい物質を用いた。揚げた花、回収された粉ミルク、ポテトチップス、カタツムリの分泌物。台所の、市場の、湿った庭の物。どれも美術館で長もちするようにはつくられていない。
ギャラリーで、それらは変わり続けた。揚げた花は乾く。粉ミルクは固まる。カタツムリの粘液は跡を残す。イーの作品の一部は、いつも作家の手を離れ、時間と湿度と微生物に委ねられている。
忘却についての展覧会に、この選択は合っている。忘れるものは一度に消えはしない。薄れ、色を変え、匂いを変え、やがて見分けがつかなくなる。
忘却の香り
展示室には、展覧会のためにつくられた匂いが漂っていた。イーはそれを忘却の香りと呼んだ。調香師バルナベ・フィリオン(Barnabé Fillion)と開発したもので、彼女はその後の年月も彼と仕事を続けることになる。
忘却がどんな匂いか、正確に言える人はいない。それが要点だ。抽象的な状態の名を持つ匂いは、それを吸う人にすき間を埋めるよう求める。やわらかいと感じた人も、奇妙だと感じた人もいた。部屋を出た瞬間に忘れた人もいた。その場合、作品は役目を果たしたことになる。
展覧会の中心には一冊の本があった。イーは最初のモノグラフの内容を、その香りを染み込ませた香紙に刷り直し、「7,070,430K of Digital Spit, A Memoir」と題した。買った人は読後に燃やすよう促された。紙が燃えると、匂いが逃げていく。
モノグラフはふつう保管される。棚に並び、引用され、アーカイブされる。イーはそれを使い切るものにした。五年間の記憶は額に入れられない。他人に手渡され、いつ空気に溶かすかはその人が決める。展覧会は要約ではなく、手放す身ぶりで終わる。ひとすじの煙と、しばらく漂い、やがて去る匂い。