エッセイ · 現代アート

アンリ・サラ(Anri Sala)「Dammi i colori」。

Anri Sala. Dammi i colori.

色が壁を覆う。その下に、古い街が残る。

アンリ・サラ「Dammi i colori」。夜のティラナで鮮やかに塗られた集合住宅

Tate · Tate



夜の街

「Dammi i colori」は、作家アンリ・サラが2003年に制作した映像作品である。デジタル・ビデオ・プロジェクションで、カラー、音声付き、十五分二十五秒。タイトルはイタリア語で「色をください」を意味する。

カメラは夜のティラナ、アルバニアの首都を進む。通りは空っぽで、明かりは弱い。両側には共産主義時代に建てられた集合住宅が並ぶ。どれも同じで、灰色で、列をなして繰り返される。

けれど壁はもう灰色ではない。大きく騒がしい色の面で塗り直され、ときには正面全体が覆われている。

これらの色の背後にいるのはエディ・ラマ(Edi Rama)だ。彼はティラナの市長で、政治の前は画家だった。古い集合住宅を塗ることは、彼のもとでの市政府の事業だった。

政治的な決定としての色

アルバニアは1990年代初め、貧しく荒れた首都を抱えて共産主義から抜け出した。灰色の集合住宅は、旧時代のもっとも目に見える痕跡だった。きちんと建て直すには時間も費用もかかる。塗るのは早かった。

映像のなかで、色は装飾としては示されない。街のための事業として語られる。住民が自分の暮らす場所を違ったふうに見るための方法、何かが変わりつつあると印すための方法として。

作品が開いたままにする問いは、色で足りるのかということだ。オレンジ色の正面は、その奥の部屋をよくするのか。それとも、見る人にとっての街の見え方を変えるだけなのか。

サラは観る者の代わりに答えない。ゆっくりと撮り、色が闇から浮かび上がり、また沈んでいくのに任せる。夜はすべてをあいだに保つ。色は昼ほど明るくなく、古い壁は完全には消えない。

自分の街を撮りに戻る

アンリ・サラは1974年ティラナに生まれた。そこで絵画を学び、その後アルバニアを離れてフランスで映像と映画を学んだ。だから「Dammi i colori」は、戻ってきた人のまなざしである。街をよく知りながら、遠くから見つめてきた人の。

サラの作品の多くは、像と音のあいだ、語られることと見えるもののあいだの距離をめぐる。ここではその距離が、塗料と日々の暮らしのあいだにある。色は未来についてひとつのことを語る。暗い通りと古い壁は、現在について別のことを語る。

気づいておきたい偶然がある。撮っている人は、画家として学んだ作家だ。街を塗っている人も画家である。二人とも色を使う。ひとりは街を変えるために、もうひとりはその変化をじっと見るために。

作品はロンドンのテート・コレクションに収蔵されており、エディション六点と作家保存版三点で制作された。

なぜ記憶する価値があるのか

「Dammi i colori」は二十年以上前につくられたが、その問いは古びていない。多くの都市がいまも、変わったと示すいちばん早い方法として正面を塗り直している。

作品はその選択を嘲らない。称賛もしない。ひとつの街が色を言語として使おうとした瞬間を記録し、その言語がどれほど語れるかを観る者に量らせる。

ハルーン・ファロッキ(Harun Farocki)が「Parallel I-IV」で考察するコンピューターでつくられた世界では、物の色はそれに割り当てられる属性である。ティラナでも、色は割り当てられる。ひとつの決定によって。けれど塗料の下には本物の街があり、誰も選ばなかった性質をもっている。

だからこそ、この映像は夜に撮られたのかもしれない。色がもっとも弱いとき、二つの層がいちばんよく見える。