エッセイ · 嗅覚アート

キャンディス・リン(Candice Lin)「Swamp Fat」

Candice Lin. Swamp Fat.

匂いはギャラリーにとどまらない。肌にのって出ていく。

キャンディス・リン「Swamp Fat」:匂いを移したラード、陶、粘土、スカリオーラによるインスタレーション

撮影:Jonathan Vanderweit。提供:作家および François Ghebaly Gallery, Los Angeles · ArtReview



台座の上の脂の塊

遠くから見ると、「Swamp Fat」は小さな祭壇か、工房の片隅のようだ。陶、粘土、土、モルタル。スカリオーラの面もある。石膏と顔料で大理石を模す技法で、かつてヨーロッパの宮殿で使われた。寸法は会場ごとに変わる。

中心にあるのはラード。キャンディス・リンは、フランスの香水づくりの古い方法で匂いを移した。冷たい脂が、その上に置かれた素材の匂いを何日もかけてゆっくり吸い取り、やがて脂そのものが香りの器になる。かつてはジャスミンやチュベローズを留めるために使われた。リンはそれを逆のことに使った。

脂の中の匂いは、体と腐敗の匂い。エビ、腐った肉。ArtReview はそれを悪魔的と呼んだ。花が覆い隠すことはない。

来場者は脂を少し取り、肌に塗るよう促される。そしてギャラリーを出ていく。手に、首に、服に匂いをのせて。

目を引くのは、作品が部屋の中で終わらないことだ。終わるのはどこか外。バスの中、誰かの台所、その夜の枕の上。来場者の一人ひとりが動く台座になり、匂いはどの美術館の壁よりも遠くへ旅をする。

サン・マロ、湿地の上の村

作品は、ニューオーリンズで定期的に開かれる展覧会 Prospect.5 の、2021年から2022年の回のためにつくられた。リンが目を向けたのは、街からそう遠くない場所。ルイジアナの湿地にあるサン・マロだ。

サン・マロはアメリカ合衆国で最初のアジア系の集落とされる。フィリピン人、先住民、マルーンが混ざり合う共同体だった。マルーンとは、奴隷制から逃れ、たどり着きにくい場所に村を築いた人々。彼らは水から、湿地から、エビと魚から暮らしを立てた。

いま、湿地そのものが後退している。土地は沈み、水は上がり、共同体の物質的な痕跡もともに去っていく。見るべきものはほとんど残っていない。だからリンは村の模型をつくらなかった。匂いをつくった。

エビは偶然の選択ではない。村を養った生業の匂いだ。腐った肉も偶然ではない。湿地は、あらゆるものが朽ちて土へ還る場所だ。

薬か、毒か

脂を肌に塗ることは、中世ヨーロッパのある習わしを思い出させる。かつて人々は、香りをつけた脂を体に塗れば疫病を遠ざけられると信じた。疑似科学だった。それでも、匂いがかつて体と世界のあいだの防壁として扱われていたことがわかる。

リンはその習わしを裏返す。肌にのせるのは、害を遠ざける心地よい匂いではない。人々が遠ざけたかった、まさにその匂い。薬と毒、清潔と不潔の境がにじむ。これはリンの多くの作品を貫く。植民地の歴史や、素材どうしの出会いへのリサーチ。もうひとつの例が「Vomit Clock」で、そこでも体が中心にある。

2023年、「Swamp Fat」はシアトルのワシントン大学ヘンリー・アート・ギャラリーでの「Thick as Mud」で再び展示された。ルイジアナの湿地が、脂の塊の中で数千キロを旅した。

作品の働き方には、ある居心地の悪さが組み込まれている。来場者はそれぞれ、触れるかどうかを決めなければならない。触れることは、好ましくない匂いを受け入れ、何時間もついてこさせること。触れないことは、外にとどまること。リンはどちらが正しいとも言わない。脂をそこに置き、それぞれの鼻に答えさせる。