エッセイ · 嗅覚アート

キャンディス・リン(Candice Lin)「Vomit Clock」

Candice Lin. Vomit Clock.

押し出されたものにも、まだ匂いがある。

キャンディス・リン「Vomit Clock」:暗いマンガン釉の陶のガーゴイルが、口からハーブのチンキを汲み出している


吐き続ける陶の悪魔

「Vomit Clock」は、暗いマンガン釉をかけた陶のガーゴイル。大きくはない。およそ57×40×62センチ。ガーゴイルはヨーロッパの教会の屋根にいる石の悪魔で、雨樋としてつくられ、口から水を流す。キャンディス・リンはその機能をそのまま残し、雨だけを取り替える。

食品用のプラスチックのバケツに置かれたポンプが、チンキを彫刻の中へ押し上げ、口から出す。落ちて、また汲み上げられる。ループは止まらない。悪魔は吐き続ける。

チンキはクルミの殻、クローブ、シナモン、ヨモギ、ジンジャーを漬け込んだもの。甘く土っぽい匂いが、作品のまわりを満たす。リンはそれに半ば冗談、半ば下品な名を付けた。浄化剤として売られるものが、嘲りをこめて名づけられもすることを思い出させる。

真珠、銀、そして展示を分け合う Kang Seung Lee のコレクションからのいくつかの物が、その循環の中に置かれている。救い出された物か、押し流されてきた物のように。

有害な体、清い体

作品は、2025年8月27日から10月5日まで、ソウルのギャラリー現代で開かれた「Not I, not I, but the wind that blows through me」で展示された。題は D・H・ロレンスの詩から取られている。Kang Seung Lee はそれを、死者を包む韓国の麻布、サンベに、古い金糸で縫い取った。

二人の作家が見つめるのは、ひとつの歴史だ。社会が、規範の外にある体を病の言葉で名指すやり方。クィアの人々、移民、貧しい人々は、みな感染として、取り除くべき毒として描かれてきた。The Brooklyn Rail でミン・パク(Min Park)が書くように、「Vomit Clock」はこの神経に触れる。毒性とデトックス、管理の仕組みを通じたクィアネスの病理化。

吐くことは、体が有害と判断したものを外へ出す方法だ。リンは悪魔にそれを永遠にさせる。その前に立つと、誰が浄められているのかわからなくなる。悪魔か、部屋か、自分自身か。

clock(時計)という言葉は、もう一度考えてみる価値がある。文字盤も針もない。ここでの時間はポンプの循環だ。上がり、出て、落ち、また上がる。吐くことで時を刻む時計。

飲み込める絵

同じ空間でリンは、「Feline Messages to the World」や「Fertility」(ともに2025年)といった横長の絵画も見せた。そこでは人と動物が、生の循環、その繁殖と暴力に加わる仲間として現れる。

彼女はまた、ドイツのシュルックビルトヒェン(Schluckbildchen)にならって、食べられる紙の作品もつくった。かつて人々が体を守ると信じて飲み込んだ、小さな信仰の絵。絵が胃へ入る。薬は、一枚の絵だ。

並べると、食べられる絵と吐く悪魔は、ひとつの動きのふたつの向きになる。一方は取り込む。一方は吐き出す。そのあいだに体がある。何がとどまってよいかを、社会がいつも決めたがる場所。

匂いは、しばしばリンの主な素材だ。「Swamp Fat」では、来場者が香りを移した脂を肌に塗った。「Vomit Clock」では、匂いは誰にもしがみつかない。部屋じゅうに広がり、許しなく吸い込まれる。匂いは境界を越える。だからこそ、人と人のあいだに引かれた境界についての作品にふさわしいのかもしれない。