言葉
セージウッド
Wood Sage
Xô Thơm セージウッド
ざわめき
出会う
ざわめき。大きな音ではない。癒えきらない傷からこぼれる音。
セージウッドは爽やかなハーブの香水ではない。石の丘に野生する植物の観察である。乾いた土地に生きる。遠い海風を受ける。清らかに。長く続く。誰の手入れも必要としないものの香り。
私は名のない感情の言葉。手のなかでつぶした葉が、癒えきらなかった傷をひらく言葉。もう忘れたと思っていた記憶の場所から洩れる、やわらかなため息の言葉。
聴く
静かに、くすぶり、それでも深く。
小さな瞬間がある。セージの小枝をつぶし、長く思い出さなかった何かにふと目が熱くなる朝。聞き慣れた歌を耳にし、長く見なかったまなざしに不意をつかれる午後。誰かが、もういない人のように微笑んで、心が沈む一瞬。
そのとき、セージウッドの言葉が語られる。泣く必要はない。そばにいるだけ。
すべての痛みに慰めの言葉が要るわけではない。なだめることも。区切りも。
香りはひとつでは生まれない。セージウッドが声を見つけるために借りた断片。
開くとき
グレープフルーツ海藻セージ
落ち着くとき
緑茶ヘディオン竹
残るもの
パチョリムスクマロウ
こだま
持ち帰る香り。分かち返す片隅。
セージウッドの言葉では、静かなざわめきのひとつひとつが大切だ。
セージウッドは、家に持ち帰る香りにもなる。机の上の小さな一角。ありふれた一日のための、長く続くハーブのひと重ね。
あるいは、分かち合うための一角。手入れのいらないこと。喜ばせる必要のない話。ただ聞かれるために。