言葉
玄米茶
Genmaicha
Trà Genmaicha 玄米茶
Bâng Khuâng · 物思い
出会う
物思い。ふたつの岸のあいだに立ち、誰を恋しく思っているのかまだわからない。
玄米茶は米と茶の香水ではない。褐色に焙じた米と緑の茶葉が湯のなかで出会う観察である。火をくぐった乾いた穀物。早い時刻をまだ宿す葉。半ば懐かしく、半ば見知らぬ香り。
私は物思う朝の言葉。過ぎたものと、いま届こうとするもののあいだに立つ言葉。見慣れた世界が、今日は少しだけ違って感じられる言葉。
聴く
心が揺れる。今朝はもう昨日の朝ではないから。
小さな瞬間がある。目覚めて窓を開けると、通りは同じなのに心はもう動いている朝。まだ名づけられない何かを恋しく思っていると気づく昼。分かれ道で、選んではいないのに、もう移ろいはじめている一分。
そのとき、玄米茶の言葉が語られる。確かさはいらない。心が、それ自身の静かなやり方で揺れるだけ。
すべての移ろいに明快さが要るわけではない。理由も。答えも。
香りはひとつでは生まれない。玄米茶が声を見つけるために借りた断片。
開くとき
米オリスベルガモット
落ち着くとき
茶葉カルダモン栗
残るもの
ムスクローズウッドモス
こだま
持ち帰る香り。分かち返す片隅。
玄米茶の言葉では、物思う朝のひとつひとつが大切だ。
玄米茶は、家に持ち帰る香りにもなる。机の上の小さな一角。まだあいだにいる朝のための、焙じ米のひと重ね。
あるいは、分かち合うための一角。まだ名のないこと。確かさのいらない話。ただ聞かれるために。