エッセイ · 嗅覚アート
シャルロッテ・エータ・ムム(Charlotte Eta Mumm)「Pulse」
Charlotte Eta Mumm. Pulse.
水のリズムで呼吸する彫刻。
© Charlotte Eta Mumm · Charlotte Eta Mumm(公式サイト)
したたる機械
2021年、シャルロッテ・エータ・ムムはミュンヘンのギャラリー・タニット(Galerie Tanit)で個展「Pulse」を開いた。中心に立っていたのは同名の作品。鋼と木の大きな彫刻で、高さ242 cm、幅120 cm、長さ252 cm。
素材の一覧は、彫刻家のものというより技術仕様書のように読める。鋼、木、除湿機、発泡する粉、十八の香り、水。それぞれに役目がある。
除湿機が部屋の空気から湿気を引き出す。その水は円形の管の仕組みへ流れ、香りをつけた発泡する粉と出会う。粉が泡立ち、匂いが放たれる。スイッチもなく、操作する人もいない。作品は集めた水だけで動く。
作家の言葉によれば、この作品は決して同じではなく、つねに流れのなかにある。今日の匂いは昨日の匂いではない。彫刻はじっと立ち、その香りは時間のなかに生きる。
街の十八の匂い
「Pulse」の十八の香りは街を呼び起こす。はかない匂い。通りを歩いて出会い、次の瞬間には忘れてしまうような。見本のように並べて示されるのではない。屋外でそうであるように、波となって空間を動く。
香りは嗅覚アーティストのフランク・ブルーム(Frank Bloem)と、彫刻の技術面はレフキ・メヴィッセン(Lefki Mevissen)とともに開発された。ムムは匂いを形への付け足しとして扱わない。匂いは彫刻の要素であり、鋼や木と同じ位置にある。ただ、量塊ではなく空気として空間を占める。
これが来場者の役割を変える。一度見て立ち去るのではない。まわりを歩き、立ち止まり、しばらくして戻り、部屋の匂いが違っていることに気づく。作品は時間を求める。街が理解されるまでに時間を求めるように。
それぞれの速さで、ともに生きる
彫刻のそばには、シリーズ「Phases and Parallels」が掛けられていた。木のレリーフに張った布にミクストメディアで描いた、想像上の街。
絵画と彫刻をつなぐ糸は、ロラン・バルト(Roland Barthes)が1976年から1977年にコレージュ・ド・フランスで行った、ともに生きることについての講義から来ている。バルトは問うた。誰もが自分のリズムで生き、なおかつ他者のリズムを尊重する共同体はありうるのか。
「Pulse」はその問いを物質にする。十八の香り、十八のリズム。どれも部屋をずっと占めはしない。それぞれが訪れ、そして別の香りのために退く。したたる水が共通の拍。それぞれの匂いは自分のテンポを保つ。
街はこのように働く。何千もの暮らしが同じ通りで交わり、それぞれが匂いのひと筋を残して去っていく。誰もそれを調整しない。それでも全体には脈がある。
なぜ「Pulse」は心に残るのか
2022年、Institute for Art and Olfaction は「Pulse」を、香りを用いた実験的作品に贈られる Sadakichi Award のファイナリストに選んだ。この作品を際立たせるのは、匂いの運びを環境にゆだねていること。部屋の湿度、そこで呼吸する人の数、外の天気。そのすべてが水の量に、したがって香りの量に影響する。
作品は完成した匂いを約束しない。約束するのは過程だ。来場者はそれぞれ、その断片を持ち帰る。そこにいるあいだに偶然とらえた、いくつかの香り。あとから来た人は、別の断片を持ち帰る。