エッセイ · 写真
クリス・キリップ(Chris Killip)「In Flagrante」
Chris Killip. In Flagrante.
変わっていく場所を、とどまった人が記録する。
閉じていく地域
クリス・キリップは1946年、ブリテンとアイルランドのあいだの小さな島、マン島に生まれた。1970年代初めから、造船、炭鉱、重工業を中心に暮らしが回っていたイングランド北東部を撮りはじめた。
彼が撮った年月、およそ1973年から1985年は、その地にとって激しい変化の年月だった。造船所は縮み、炭鉱は閉じ、製鉄所は止まった。仕事は消えた。けれど人々はどこへも行かなかった。
キリップはタインサイド、ジャロー、ゲーツヘッド、ペロー、サンダーランド、ノース・シールズで撮った。ノース・ヨークシャーの海岸の小さな漁村スキニングローブでも、石炭に覆われた浜のあるノーサンバーランドのラインマスでも撮った。
彼は工場を象徴として撮らなかった。撮ったのは人々だ。空き地で遊ぶ子どもたち、街角に立つ男たち、狭い台所の家族。ふつうではない時代の、ふつうの暮らし。
石炭の浜と漁村
キリップのよく知られた写真群のうち二つは、二つの小さな共同体に属する。ラインマスでは、海に打ち上げられた石炭を拾う人々が浜の近くの野営地で暮らしていた。石炭を求めて波に入り、馬と荷車で運び出して売った。キリップの写真は、きつい労働と、イングランドのほかの地からほとんど切り離された世界を見せる。
スキニングローブでは、崖のあいだに押し込まれた村の漁師たちを撮った。閉じた共同体で、よそ者をすぐには迎えない。キリップが受け入れられるまでには長い時間がかかった。
彼は何年にもわたって両方の場所へ戻り、どちらも独立した作品群になった。「Seacoal」と「Skinningrove」。スキニングローブにはさらに後にも戻り、2013年にはその写真から短編映画が作られた。
それがキリップの仕事の仕方だった。瞬間を狩りに行かない。瞬間が向こうから来るまで、とどまる。
一冊に50枚の写真
1988年、「In Flagrante」は50枚のモノクロ写真の写真集として刊行された。まもなく、脱工業化がブリテンの労働者階級の共同体に何をもたらしたかを扱う、最も重要な写真集とみなされるようになった。
ラテン語の題名は、現行犯で捕まること、何かが起きているまさにその最中に見つかることを示す。これらの写真の人々は、自ら選ばなかった変化の最中にとらえられている。
2017年、ロサンゼルスのゲッティ・センターは5月23日から8月13日まで「Now Then: Chris Killip and the Making of In Flagrante」を開いた。ゼラチン・シルバー・プリントとともに、マケット、コンタクトシート、ワークプリントが展示された。来場者は、本がどのように選ばれ、並べられ、量られたかを見ることができた。
それは大切なことだ。写真集は最良の写真を集めただけのものではない。ひとつの連なりである。一枚一枚が別の一枚の隣に置かれ、どの一枚にも言えないことを、ともに語る。
裁かずに見る
キリップの写真は重いが、感傷的ではない。被写体を苦しみの象徴に変えない。彼らはまだ冗談を言い、まだ怒り、まだまっすぐレンズを見る。困窮はそこにある。けれど尊厳もある。
同じころ、イングランド北西部では別の写真家が、労働者階級の暮らしを鮮やかなカラーで撮っていた。マーティン・パーと「The Last Resort」。並べると二つの作品は、同じ年月の二つの見方を示す。ひとつは休みの日を見る。もうひとつは、仕事が消えた日を見る。
キリップはのちに長年ハーバード大学で写真を教えた。それでも「In Flagrante」は、彼の名と最も結びついた作品であり続ける。ひとつの地域、ひとつの時代が本当に存在したこと、そして誰かがそれを保てるほど長く見つめていたことの証拠。