エッセイ · 写真

ラルフ・ユージン・ミートヤード(Ralph Eugene Meatyard)。「The Family Album of Lucybelle Crater」。

Ralph Eugene Meatyard. The Family Album of Lucybelle Crater.

顔は隠されている。それでも家族はそこにいる。

ラルフ・ユージン・ミートヤード「The Family Album of Lucybelle Crater」。仮面をつけた二人が並ぶモノクロ写真

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週末の写真家

ラルフ・ユージン・ミートヤードは、ケンタッキー州レキシントンの眼鏡士だった。撮影はおもに週末、住んでいた町のまわりで、妻、子ども、友人、隣人をモデルにした。写真で生計を立てていたわけではない。それでも彼が残したものは、彼を20世紀半ばのアメリカ写真で最も特異な声の一つにしている。

眼鏡士の仕事は、見ることの仕事である。平日、彼は人々がよりはっきり見えるよう手助けした。週末には逆のことをした。いちばん見慣れたものに覆いをかけ、私たちがもう一度見なければならないようにした。このシリーズでは、その覆いはごく安物の仮面だ。家族の一場面を、名づけがたい何かに変えるには、それで足りる。

ミートヤードは幅広く本を読んだ。アンブローズ・ビアスによるロマンスの定義に惹かれていた。あるがままの物事に忠誠を負わないフィクション。彼にとって写真は現実に忠実である必要はなかった。別の現実を組み立てることができた。

二人の人物、一つの名前

「The Family Album of Lucybelle Crater」は、ミートヤードが晩年、おおよそ1970年から1972年にかけて制作したシリーズである。中心にいるのは妻のマデリン。ハロウィーン用に売られるような、安物雑貨店の老婆の仮面をつけている。どの写真でも、彼女は誰か別の人の隣に立つ。親族、友人、子ども。その人は硬い透明なプラスチックの仮面をつけている。

Lucybelle Crater という名は、フラナリー・オコナーが1953年に発表した短編「The Life You Save May Be Your Own」の登場人物から取られた。ミートヤードはそれを少し変え、全員に与えた。

奇妙さはタイトルに宿る。どれも同じ型をたどる。Lucybelle Crater と、同じく Lucybelle Crater という名の誰か。「Lucybelle Crater と、40歳の夫 Lucybelle Crater」。「Lucybelle Crater と、16歳の息子の物静かで慎ましいガールフレンド Lucybelle Crater」。

キャプションは関係をはっきり書く。名前は違いを消し去る。誰が夫で、友人で、子どもかはわかる。けれど、誰が誰なのかはわからない。

顔のない家族のアルバム

家族アルバムには明確な務めがある。親族が育ち、老い、去っていく姿を、その顔を保つこと。ミートヤードはその務めをひっくり返す。家の前、庭、ポーチで二人ずつ並ぶというアルバムの形式を使いながら、アルバムが保つためにある当のものを取り除く。

結果は滑稽で、同時に落ち着かない。皺の寄った硬い老婆の仮面が、どの画面にもくり返される。透明な仮面はもっと不穏だ。本物の顔立ちを見せながら、それをぼかし、歪める。曇ったガラス越しに見る顔のように。アイデンティティは消えない。そのあいだに留め置かれる。

ミートヤードは1972年、46歳で亡くなった。本は死後の1974年、Jargon Society から64点の写真を収めて出版された。それが彼の最もよく知られた作品となった。

いま読むと、このアルバムは、どの家族写真にももう気づかなくなった仮面があることを思い出させる。三つ数えての笑顔。いちばん良い服。整えられたポーズ。ミートヤードは、その仮面を目に見える物にしただけだ。