エッセイ · 現代アート
シルド・メイレレス「Babel」
Cildo Meireles. Babel.
すべてが同時に語るとき、何も聞こえない。
Tate · Tate
ラジオの塔
人の背丈より高い円柱の塊を思い浮かべてほしい。塔のようにまっすぐ立ち上がる。煉瓦でも石でもない。ラジオでできている。何百台も。古いもの、新しいもの、大きいもの、小さいもの。輪を重ねるように積まれている。
すべて電源が入っている。それぞれ違う局に合わせてある。ニュース、音楽、ときには雑音だけ。どれも音量は低く、近くに立ってやっと聞こえる程度。
これは「Babel」。1948年生まれのブラジルの作家、シルド・メイレレスによる2001年の作品。現在はロンドンのテートが所蔵している。
題名に多くの説明はいらない。聖書では、人々が天に届く塔を建て、共通の言葉を失うという罰を受ける。メイレレスは、その塔を語る機械で建て直す。
雑音のまわりを歩く
遠くからは、途切れないざわめきしか聞こえない。隣の部屋の群衆のように。はっきりした文も、一曲まるごとの歌もない。
近づくと、雑音はほどけていく。一台に耳を当てると、ニュースを読む声、一曲の音楽、知らないかもしれない言葉で話す誰か。隣へ移れば、話はまったく変わる。
塔のまわりを歩くことは、自分の身体でラジオの周波数を合わせることに似ている。一歩ごとに別の周波数。この作品には正しい視点がひとつもない。聴く地点が無数にある。
そしてどこに立っても、共通の雑音は残る。すべての声の下にある地面として。
聞き覚えのある歌をとらえて、一台の前に長く立つ人がいる。足早に歩き、雑音をひとつの塊にぼかす人もいる。同じ塔。そして一人ひとりが、違う録音を持ち帰る。
システムの作家
シルド・メイレレスは、ブラジルのコンセプチュアル・アートを代表する作家の一人として知られる。テートは彼の作品を、参加をともなう彫刻とインスタレーションであり、しばしば空間と時間のなかの身体に注意を向けさせるものだと説明している。
彼は、私たちが毎日考えずに使っているシステムをよく扱う。紙幣、清涼飲料の瓶、放送電波。「Insertions into Ideological Circuits」では紙幣にメッセージを押印し、流通に戻した。匂いが作品の一部となる部屋、「Volátil」もつくっている。
ラジオもそうしたシステムだ。多くの人に、多くの言語で、絶えず放送する。どの局も聞かれたがっている。メイレレスはどれも選ばない。すべてを鳴らし、聴く力を情報が上回るとき何が起こるかを、観る者に見せる。
2001年、インターネットは急速に広がっていた。振り返れば「Babel」は、誰もが発信でき、誰も聞かれる確信を持てない時代の予告のように読める。
「Babel」がいまも立ち続ける理由
雑音を扱う作品の多くは、観る者を疲れさせる。「Babel」はそうでもない。一台一台が小さく話すので、全体はほとんど穏やかだ。流れる水の前のように、人は長くその前に立っていられる。
その穏やかさが、かえって不安を呼ぶ。雑音は襲ってこない。ただ覆う。一つひとつの声にはまだ意味がある。だが合わさると、意味は溶けていく。
ラジオは古び、壊れ、局は変わるだろう。塔は仕事を続ける。聴くことは選ぶことだと、思い出させる。