エッセイ · 嗅覚アート
シルド・メイレレス「Volátil」
Cildo Meireles. Volátil.
目が見るより先に、鼻が恐れを覚える。
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裸足で入る
「Volátil」は、そのために建てられた部屋だ。壁も天井も入口も独自のもの。訪れる人は靴を脱いでから入る。床は淡い灰色のタルクで覆われている。数トン、ふくらはぎの半ばまで。足は細かな砂のように沈む。空中には薄い粉塵が漂う。
部屋はJの字の形をしている。入口から奥は見えない。粉が足を引き留めるので、曲がり道をゆっくりたどる。
奥へ進むほど、ひとつの匂いがはっきりしてくる。ガス。かすかなシューという音もともなう。そして最後の曲がり角で、奥の壁の前に燃える蝋燭が見える。
何も起こらない。蝋燭は燃え続ける。匂いは残る。訪れた人はその二つのあいだに立ち、何が起こりうるかを一人で考える。
そこにないものの匂い
天然ガスには、ほとんど匂いがない。ガスの匂いと呼んでいるのは、漏れに気づけるよう加えられた硫黄化合物だ。私たちを不安にさせるために設計された匂い。
メイレレスは同じ化合物を使った。部屋に可燃性のガスはなく、警告の匂いだけがある。爆発は決して来ない。だがタルクの中に立ち、目の前の炎を見ているあいだ、訪れた人はそれを確信できない。
素材のリストは短い。木、タルク、蝋燭、着臭剤。寸法は設置ごとに変わる。それ以外はすべて、訪れた人自身の身体が生み出す。
素材としての恐れ
シルド・メイレレスは1948年、リオデジャネイロに生まれた。ブラジルが軍事政権下にあった時代、1964年から1985年まで続いたその年月に、作品をつくりはじめた。初期の作品の多くは、日常生活の隙間にすべり込んだ。コカ・コーラの瓶にメッセージを印刷し、流通に戻すように。
「Volátil」は1980年に構想され、1994年にようやく実現した。メイレレスは、恐れが多くの作品の素材だと語っている。「Volátil」では、蝋燭を見てガスを嗅ぐと、部屋が爆発するのではと恐れる。だが彼によれば、恐れは感覚を研ぎ澄ます。まわりのすべてに、より注意を払うようになる。
一人ひとりが、違う記憶を部屋に持ち込む。多くの人はホロコーストのガス室を思った。独裁下の暮らし、空気がいつも何かが起こる前の匂いをしていた時代を思う人もいる。メイレレス自身は、タルクの上を歩くことを雲の上を歩くようだと語っている。ひとつの部屋、互いに遠く離れた読み。
旅する部屋
1994年、「Volátil」はサンフランシスコの Capp Street Project で建てられた。1995年初めには、ニューヨークの Galerie Lelong で展示された。1999年11月から2000年3月まで、ニューヨークのニュー・ミュージアムでのメイレレスの個展に含まれ、その展覧会はサンパウロとリオデジャネイロへ巡回した。2003年には SITE Santa Fe の「Uneasy Space」に登場した。
そのたびに、部屋はつくり直さなければならない。新しいタルクを敷き、新しい蝋燭を灯し、匂いを新たに入れる。作品は収蔵庫の物としては存在しない。一組の指示として存在し、そこを歩いた人々の身体の記憶として存在する。
メイレレスは、訪れる人を感覚のなかに置く部屋をほかにもつくっている。匂いの代わりに音が置かれたラジオの塔「Babel」のように。だが「Volátil」は、目ではなく鼻が、訪れた人の感じるものを決める作品であり続けている。