エッセイ · 現代アート

ダン・フレイヴィン(Dan Flavin)「untitled (Marfa project)」

Dan Flavin. untitled (Marfa project).

色は、落ちる場所があって初めて現れる。

ダン・フレイヴィン「untitled (Marfa project)」:色のついた蛍光灯の障壁でふさがれた旧兵舎の廊下

The Chinati Foundation · The Chinati Foundation



六つの建物、十二の廊下

テキサス州マーファのチナティ財団の敷地に、低く長いU字形の建物が六棟立つ。かつての陸軍駐屯地フォート・D・A・ラッセル(Fort D.A. Russell)の兵舎だ。それぞれの内部、Uの字の長い二本の腕に、平行する二本の廊下が走る。

ダン・フレイヴィンは、まさにその廊下に作品を置くことを選んだ。どの廊下も、高さと幅いっぱいを占める光の障壁でふさがれている。障壁は8フィートの蛍光灯器具を並べたもので、向こうが見えるだけの間隔がちょうど空いている。

訪れる人は障壁を通り抜けられない。その前に立ち、隙間から覗くと、廊下の残り半分が別の色であふれているのが見える。向こう側へ行くには、引き返して回り込むしかない。

長い腕の端にはそれぞれ窓が二つある。テキサスの草原からの日の光が入り、ランプの光と混ざり、広い風景への眺めを開く。

ひとつの器具に二つの色

この作品を際立たせているのは、器具のひとつひとつだ。どの器具にも色の違う管が二本入り、反対の方向を照らす。障壁の一方の面はある色を、もう一方の面は別の色を投げかける。同じ障壁が、どこに立つかによって二つの違う部屋をつくる。

色は六つの建物をまたいで順序をたどる。最初の二棟はピンクと緑。次の二棟は黄と青。最後の二棟で四色すべてが揃う。

建物から建物へ移るとき、目はいま見たばかりの色を運んでいく。緑の廊下のあとで真昼の光に出ると、数秒のあいだすべてがピンクに染まることがある。青の廊下のあとで黄の廊下に入ると、黄は実際より明るく見える。作品はひとつの建物のなかに収まっていない。建物と建物のあいだを歩くことのなかに生きている。

最後のプロジェクト

フレイヴィンがこの計画について話しはじめたのは1980年代の初め、ドナルド・ジャッド(Donald Judd)がチナティをつくっていた時期だ。最終的な計画は1996年に固まった。同じ年、フレイヴィンはニューヨーク州リバーヘッドで亡くなった。1933年の生まれだった。

彼は完成を見ずに逝った。設置は死後も続き、作品は2000年10月、美術館の年に一度のオープンハウスで公開された。彼が設計した最後の大規模な作品だ。

そこには静かな何かがある。生涯を光とともに働いた作家が、最大の作品を一揃いの図面として残した。ほかの誰かがスイッチを入れるために。

店で買える素材

1960年代の初めから、フレイヴィンはほとんどひとつの素材だけで仕事をした。市販の蛍光灯。既製品で、長さは規格どおり、色の種類も限られている。管を自分でつくることも、ガラスを曲げることもしなかった。選び、並べ、空間に置いた。「'monument' for V. Tatlin」のような初期作品に、すでにその方法が見える。

マーファでは、その方法が建築の規模に達する。素材はどのオフィスのものとも同じくらいありふれている。けれど障壁として組まれ、十二の廊下で繰り返され、かつて兵士が眠った建物に置かれると、それはもうオフィスの照明ではない。歩いて入っていける色だ。

蛍光灯の光はふつう、冷たく、平板で、無関心なものと思われている。フレイヴィンはまさにその光で、ゆっくりとした静かな場所をつくった。訪れる人は、ひとつの色が別の色へ移ろうのを見るためだけに、障壁の前に長く立ち尽くす。