エッセイ · 現代アート

ロバート・アーウィン「untitled (dawn to dusk)」。

Robert Irwin. untitled (dawn to dusk).

ゆっくり見ると、光が現れる。

ロバート・アーウィン「untitled (dawn to dusk)」:床から天井まで紗幕が張られ、窓の列から日光が入る長い廊下

The Chinati Foundation · The Chinati Foundation



古い病院が光の建物になる

テキサス州マーファのチナティ財団(The Chinati Foundation)の敷地に、かつて旧陸軍駐屯地の病院があった場所がある。建物は長く放置されていた。1999年から、ロバート・アーウィンはそのための設計を練り、磨き上げていった。17年後の2016年7月、作品は公開された。「untitled (dawn to dusk)」。

作品は、中庭を囲むC字形のコンクリートの建物。二つの長い翼に沿って、窓が連なる。窓台は高く、内側からは水平な枠を通して土地を見ることになる。チナティはそれをオランダの風景画になぞらえる。

中には絵もなく、彫刻もなく、壁に掛かるものもない。部屋と窓と、時刻とともに変わる日光だけ。

二枚の紗幕

アーウィンが空間に加えた唯一のものは、床から天井までぴんと張られた薄く透ける紗幕だ。長い翼はそれぞれ一枚の紗幕で縦に仕切られる。一方の翼には黒い紗幕、もう一方には白い紗幕。

紗幕には不思議な性質がある。正面から見ればほとんど透明。斜めから見ると、かすんだ面になる。光が当たると、その光の一部を留め、部屋の空気が濃くなったように感じられる。廊下を歩くと、部屋の向こう半分が澄んだりかすんだり、明るくなったり暗くなったりする。

黒と白の紗幕は、同じ仕事を逆のやり方でする。一方は光を吸い、もう一方は光を返す。同じ朝でも、二つの翼はまったく違って感じられる。

夜明けから日暮れまで

題名は時刻表だ。建物は一日をかけて見られるようにできている。朝、日は一方の側から長く金色に入る。正午、光はまっすぐ立ち、平らになる。午後にはもう一方の側へ移り、赤みを帯びる。変化のひとつひとつが、床に、壁に、紗幕に表れる。

スイッチもなく、効果を演出する電灯もない。アーウィンが決めたのは、窓の位置、紗幕を吊る場所、壁の色だけ。残りは太陽と天気のもの。曇りの日はひとつの作品をつくる。晴れの日は別の作品をつくる。

外では、コールテン鋼で縁取られた高い植え込みのそばを、コンクリートの小道が走る。中庭には二列のハニーメスキートの木が育ち、大きな玄武岩の柱も立つ。その影もまた時刻とともに移る。窓の外にある、もうひとつの時計。

見ることを見る

ロバート・アーウィンは、しばしば「ライト・アンド・スペース(Light and Space)」とまとめられるカリフォルニアの芸術家たちのひとりだった。彼らは1960年代から、物ではなく、光と空間と知覚を扱った。チナティは「dawn to dusk」を、空間と光の扱いを通して知覚という行為を探った、数十年にわたる彼の探究の成果と説明する。

アーウィンの問いは単純だ。見るとき、私たちは実際に何を見ているのか。たいていは物を認識するために見て、名前をつけ、そこで止まる。アーウィンは、名づける前の瞬間を引き延ばしたかった。認識すべき物がないと、目はもっと小さなことに気づきはじめる。光の温度、影の濃さ、紗幕が角をやわらげるさま。

同時代のジェームズ・タレル(James Turrell)も同じ方向へ進んだ。グッゲンハイムの「Aten Reign」のように。けれどタレルはしばしば人工の光で構築する。マーファで、アーウィンは日光だけを選んだ。建物は彼のもの。朝と夕暮れは誰のものでもない。