エッセイ · 写真
ダヤニータ・シン(Dayanita Singh)「File Museum」
Dayanita Singh. File Museum.
紙が言葉を保つ。時間が紙を保つ。
提供:作家および Frith Street Gallery(ロンドン) · Aperture
窓のない部屋
ダヤニータ・シンはフォトジャーナリストとして出発した。やがてその仕事を離れ、出来事ではなく不在を撮ることへ向かった。「File Museum」は、その転換のもっとも明らかな成果のひとつだ。
主題はインドのアーカイブ。明るい図書館ではなく、紙の記録が詰めこまれた、窓のない地下の部屋。シンは白黒フィルムで撮った。写真には、まだ使われているが錆びた鉄の棚の列、ファイル、袋、トランク、箱が、見てわかる順序もなく積み重なっている。
ときおり、ヒンディー語か英語の手書きの札が現れる。ひとつには Secret F, 1908, September とある。それだけだ。秘密を示す語、一文字、年、月。ファイルに何が入っているのか、誰も知らない。写真が示すのは、それがここに保管され、長いあいだここに横たわってきたということだけ。
シンはまた、これらのアーカイブを守る人々の肖像のシリーズもつくった。紙を仕分け、取り出し、並べる女性たちと男性たち。迷路の通り道を知っているのは彼らだけだ。
アーカイブのアーカイブ
「File Museum」をドキュメンタリーのシリーズと分けるのは、シンの見せ方だ。ロンドンの Frith Street Gallery で2013年1月26日まで開かれた展覧会で、彼女は部屋の中央に、自ら組み立てたチーク材の大きな長方形のキャビネットを置いた。
キャビネットは、アーカイブの写真を収めたアーカイブだ。片側は本の表紙のように開く。外側に40点の写真が展示され、内に収められたさらに多くの写真と入れ替えることができる。展覧会全体で140点の写真があった。
だから写真は、保管された紙を写すだけではない。写真そのものが保管され、取り出され、入れ替えられ、写しているファイルと同じ運命を分かち合う。木のキャビネットの前に立つ人は、文書係の立つ場所に立つ。一部を見て、残りは暗がりにあると知っている。
シンはのちにこの方法を、木の美術館のひとつの体系へと育てた。そのなかに「Museum of Chance」がある。けれど「File Museum」において、木の構造にはとても具体的な理由がある。収めるもののかたちを繰り返しているのだ。
紙、埃、時間
アーカイブは、ひとつの機関の記憶を保つ。誰が誰に借りがあったか、誰がどの土地を持っていたか、誰が法廷で何を言ったか。必要とされているあいだ、それらの頁は力をもつ。誰も参照しなくなれば、ただの紙だ。
シンの写真は、その移り変わりの瞬間をとらえる。ファイルはまだ棚にあり、まだ紐で綴じられ、まだ番号がふられている。けれど積み重なりは、文書というより自然物のように見えはじめている。堆積物に似ている。一冊のファイルがひとつの層、ある年が別の年を押し固める。
その無秩序には、名づけがたい美しさがある。見られるために並べた者はいない。人々が書き続け、しまい続け、そして忘れたから、そのかたちになった。シンのカメラは忘却を責めない。ただ近くで見る。
だから「File Museum」は、アーカイブの記憶についての作品だが、記憶されている内容についての作品ではない。記憶の殻についての作品だ。紙、紐、棚、部屋。中の言葉を誰も読まなくなったときに残るもの。