エッセイ · 写真
ソーラブ・フラ「Life is Elsewhere」。
Sohrab Hura. Life is Elsewhere.
とどまることも、見ることのひとつの仕方。
© Sohrab Hura · Magnum Photos
1999年夏
1999年の夏、ソーラブ・フラ(Sohrab Hura)の母は急性の妄想型統合失調症と診断された。彼は17歳だった。病は周期的で、かつての彼女に近い時期と、恐れと疑いのなかに引きこもる時期とがある。
数年後、フラはカメラを手にした。最初の、そして最も長い被写体は家にあった。母、犬のエルザ、そして彼らが分け合う部屋。
「Life is Elsewhere」の写真は、およそ2005年から2011年にかけて撮られた。白黒で、多くは家の中で、多くは家を離れた旅の途中で撮られている。このプロジェクトはのちに、フラが「Sweet Life」と呼ぶより大きな作品群の一部となった。
家と、その錠
写真のなかで、壁は剥がれている。扉にはいくつもの錠。カーテンの隙間から光が滑り込む。どれも説明されない。それでも見る人にはわかる。家は母のリズムに従っている。彼女が閉じれば、家も閉じる。
エルザはどこにでもいる。家の愛し子。母の具合が悪くなると、犬も影響を受ける。同じ空気のなかで、同じ閉ざされた扉の内側で暮らしているから。彼女は家の三番目の生き物で、最も静かな証人。
フラは病を説明するために撮るのではない。母をひとりの人として撮る。窓辺に立ち、眠り、犬と座る姿。病はそこにあるが、画面を埋めはしない。
家族を撮るのは難しい。撮る者は外に立てない。カメラを構えるたびに選択がある。見るか助けるか。記録するか、カメラを下ろすか。「Life is Elsewhere」の写真は、その選択の重みを帯びている。冷たくはない。嘆きもしない。ただ近くにとどまる。とても近くに。
どこか別の場所の人生
題名は、遠くへ行きたいという願いを語る。そしてフラは実際に旅をした。写真集には南インドのヴァルカラ、カンボジア、ラオス、オーストラリアのピルバラ地方のポート・ヘッドランド、フランス、オランダの写真が収められている。重い家から抜け出そうとする若者の旅。
けれど、遠くの写真は家の写真と分けられていない。交互に差し挟まれている。浜辺、そして暗い部屋。道、そして母の顔。よその人生は、ここの人生を一緒に運んでいたとわかる。
フラは、自分の人生を目にする世界とつなげたかった、人生の壊れた断片をジグソーパズルのように集め、それを通じて何らかの和解に至りたかった、と語っている。「Life is Elsewhere」は、その最初のピースの一組。
自費出版の一冊
2015年、フラは自らのレーベル Ugly Dog から「Life is Elsewhere」を自費出版した。144ページのハードカバーに、84点の白黒写真。部数は600。写真のあいだにはフラの手書きのメモが続く。本は母に捧げられている。
最後の写真は、ベッドで毛布をかけて一緒に眠る母とエルザ。いくつもの閉ざされた扉と遠い旅のあとで、本は静かな像で終わる。
石内都の「Mother's」と並べると、母を撮る二つの仕方が見えてくる。石内は、母の死後に残された物を撮った。口紅、下着、靴。フラは、最もつらい日々のなかで生きている母を撮った。一方は不在の跡。もう一方は、変わってしまう前にとどめられた存在。
「Life is Elsewhere」は何も約束しない。ひとりの息子が、見えるようになるまで長くそこにいたことを示すだけ。