エッセイ · 現代アート
ディン・Q・レ(Dinh Q. Lê)「From Vietnam to Hollywood」
Dinh Q. Lê. From Vietnam to Hollywood.
私的な記憶と公的な像。引き離せないほど固く編まれている。
P·P·O·W Gallery · P·P·O·W Gallery
帯に切り、編み直す
写真の織物は、ディン・Q・レの名と結びついた手法。二枚以上の写真を用意し、それぞれを長い帯に切る。それから、ござを編むように、縦糸と横糸として帯を編み合わせる。できあがるのは新しい像。古い像はどちらも、ひと目ごとに現れては隠れる。
近くで見ると、目がひとつ、ヘリコプターの一部、ジャングルの一片が見える。離れると、像は重なり合って震える面になり、どれも主にはならない。織物は見る者を動かし、距離を変えさせる。自分が何を見ているのかを組み立て直すために。
レは子どもの頃、カンボジア国境の町ハティエンで、叔母から編むことを学んだ。カヤツリグサのござを編む、伝統の手仕事。彼はそれを印画紙へ持ちこんだ。
ハリウッドと名もない人々
「From Vietnam to Hollywood」で、レはベトナム戦争を描いた有名なハリウッド映画、「Apocalypse Now」や「Platoon」などのスチルを、当時の身元不明のベトナムの人々を写したファウンド・フォト、そして戦時の報道写真と編み合わせた。2002年の「Immolation in Color」では、織りの横軸にそうした大作映画の像が並ぶ。
この三種類の像は、同じ場所を分けあったことがなかった。報道写真は出来事を記録した。ハリウッドはアメリカの観客のために戦争を組み立て直した。ベトナムの家族写真はアルバムや箱の中にあり、そのいくつかは持ち主の手を離れて、名もないものになった。レはそれらを一つの平面に置き、切り、編んだ。どれも単独では立てないように。
レは語っている。アメリカで育つうちに、戦争についての個人の記憶、公の記憶、ハリウッドの虚構の記憶が溶け合い、映画の像がそれを覆ってしまったと。織物は、そのもつれをほどき、手でもう一度結び直すための方法。
ヴェネチア、そしてニューヨーク
このシリーズの織物は、2003年の第50回ヴェネチア・ビエンナーレ「Delays and Revolutions」で展示された。翌年の春、2004年3月18日から4月17日まで、ニューヨークの P·P·O·W ギャラリーが「From Vietnam to Hollywood」を開催し、ヴェネチアの作品と新たに完成した作品を並べた。
ニューヨークの展示には、壁面のインスタレーションもあった。戦争の記録写真、ベトナムの正装の肖像、現代ベトナムの像、そして感光していない印画紙を組み合わせたもの。白紙のままの紙は、完成した像の隣に立っていた。まだ記録されていないもののために残された余白のように。
ニューヨーク近代美術館とサンフランシスコ近代美術館が、ともに彼の作品を収蔵している。
二つの岸のあいだの人
ディン・Q・レは1968年、ハティエンに生まれた。1978年にベトナムがカンボジアに侵攻したあと、一家は国を離れ、やがてロサンゼルスに落ち着いた。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で美術を学び、その後ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで MFA を取得。のちにベトナムとロサンゼルスを行き来しながら暮らし、制作した。2024年に亡くなった。
その立ち位置が、織物について多くを説明する。彼はアメリカ人の目で見た戦争とともに、画面の上で育った。一方、彼自身の出自は、その画面の向こう側にあった。織り目は、両側が触れ合わざるをえない場所。
同じ世代の写真家アン・マイ・レもまた、現実の戦争とその像のあいだの隙間に入りこみ、森で戦闘を再現するアメリカ人たちを撮った。二人の方法は違う。けれど問いは同じ。私たちが覚えているのは、誰のベトナム戦争なのか。