エッセイ · 写真
アン・マイ・レー。「Small Wars」。
An-My Lê. Small Wars.
そこにいなかった人々が、もう一度演じる戦争。
週末の戦争
1999年から2002年まで、アン・マイ・レー(An-My Lê)はベトナム戦争を再演するアメリカ人のグループを追った。歴史上の戦闘を再現する愛好家たち。週末になると制服を着て、模造の武器を持ち、装備を詰めてバージニアの森へ向かい、何十年も前に終わった戦争の戦闘を演じ直す。
バージニアの森は熱帯のジャングルではない。けれど白黒で、低い角度から、少しの煙があれば、そう見えることもある。「Small Wars」はそこから始まる。本物と、本物らしく見えるもののあいだの隙間。
写真に写るのは、森の中の兵士、隊列、待つ時間、救出。どれも見覚えがある。映画や報道写真で見てきたから。そして、どれもずれている。ここはアメリカで、ゲームで、週末だから。
見るための条件
再演者たちは一つの条件でレーに撮影を許した。彼女も参加すること。彼らは彼女にベトコンのゲリラの役を与えた。ときに狙撃手。ベトナムの女性が、自分の国をめぐる戦争で、敵の側に置かれた。
「Lesson」という写真で、彼女は再演者の一人にベトナム語を教えている。その場面は可笑しく、同時に名づけがたい。戦争のためにベトナムを離れた人が、アメリカ人がもっと本物らしく敵を演じられるよう、母語の言葉をいくつか教えている。
レーは5×7インチの大判カメラと広角レンズで撮った。三脚に据え、前もって段取りする、遅いカメラ。速い動きには向かない。だから彼女の写真はしばしば引いて立ち、森の広がり全体を収める。兵士は風景の小さな一部にすぎない。
そこにいた人
アン・マイ・レーは1960年、サイゴンに生まれた。1975年、家族はベトナムを離れ、アメリカへ渡った。彼女の子ども時代は、写真の中の人々が演じ直しているまさにその戦争の中で過ぎた。
このことが「Small Wars」を報道や風刺から分ける。彼女は外に立って再演者を嘲笑しない。彼らに自分の代わりにベトナムを語らせもしない。彼女は真ん中に立つ。ゲームの参加者として、本当の記憶を持つ者として、カメラを持つ者として。
そこから見ると、問いは彼らが正しく演じているかではない。なぜ一つの戦争が一国の想像の中で生き続けるのか。人々が毎週末、その中へ歩いて入りたくなるほど強く。
バージニアからトゥエンティナイン・パームスへ
2008年、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)は1月26日から5月4日まで「An-My Lê: Small Wars」を開催し、大判の白黒写真47点を展示した。「Small Wars」の隣には「29 Palms」が掛けられた。イラクとアフガニスタンへの派遣を前に、カリフォルニア州トゥエンティナイン・パームス基地で訓練する米兵の写真。
二つのシリーズを並べると、奇妙なことが見えてくる。一方では、民間人が古い戦争を演じ直す。もう一方では、本物の兵士が来るべき戦争を、戦場に仕立てた砂漠でリハーサルする。どちらもリハーサル。どちらも、別の場所を演じるための風景を必要とする。
「Small Wars」の作品は現在、グッゲンハイム美術館を含むいくつかのコレクションに収蔵されている。同じ世代のディン・Q・レー(Dinh Q. Lê)は、ハリウッド映画のスチールと名もないベトナム人の写真を編み合わせた。方法は違っても、同じ点に触れる。アメリカでは、ベトナム戦争の多くがイメージとして生きている。