エッセイ · 現代アート

アンゼルム・キーファー「Lilith」

Anselm Kiefer. Lilith.

灰は、火が過ぎ去ったあとに残るもの。

アンゼルム・キーファー「Lilith」。油彩と灰色の灰に覆われた2枚組の大きなキャンバス。上空から見たサンパウロ。表面には銅線が取り付けられている。

Tate · Tate



灰の下の都市

「Lilith」はとても大きな絵画だ。テートの記録によれば、高さは3.8メートルを超え、幅は5.6メートルを超える。2枚のキャンバスから成る。キーファーは1987年から1989年にかけて制作した。テートは1990年にこれを購入した。

素材は簡潔に記されている。キャンバスに油彩、灰、銅線。装飾のための層はひとつもない。油彩はグレー、茶、黒を敷く。灰は乾いた粉の斑となってこびりつく。銅線は表面に取り付けられて浮き上がり、絵画に物としての奥行きを与える。

描かれているのは上空から見た都市。テートはこの作品を、ブラジル最大の都市サンパウロを遠くから見た眺めとして分類している。密集する建物の塊、切り込みのような街路。けれど灰のせいで、都市は生きた場所に見えない。焼けたばかりのようにも、とうに見捨てられたようにも見える。

題名そのものである Lilith という語が、画面に書かれている。キーファーはしばしばキャンバスに名前を手書きし、言葉を表面の一部にする。

悪魔の名

ユダヤの伝承で、リリスは夜の存在だ。ある物語では、彼女はアダムの最初の妻で、エデンを去り、霊となり、悪魔となった。荒れ果てた場所、廃墟の都市、人々が逃げ去った場所と結びつけられる。

その名を現代の大都市に置くのは、重い身振りだ。都市は進歩の象徴として描かれていない。リリスが棲みつくかもしれない場所として描かれている。未来の廃墟、あるいは高層ビルの下ですでに待っている廃墟として。

テートはこの作品を、衰退、汚染、社会批評の項目に分類している。灰に覆われた大都市は、成長の代償への警告として読める。キーファーがごく早い時期から抱えてきた戦争の記憶として読むこともできる。

灰で描く画家

アンゼルム・キーファー(Anselm Kiefer)は1945年、第二次世界大戦が終わった年にドイツで生まれた。瓦礫から再建されていく都市のなかで育った。そのキャリアの多くは、ドイツの歴史との対峙だった。前の世代が語らずにおきたかったものとの対峙。

1970年代初め、キーファーはしばらくヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)のもとで学んだ。ボイスもまた、脂肪、フェルト、石など、記憶を運ぶ素材を扱った。以後、キーファーの絵画は、絵画に属さないもので厚くなっていく。藁、鉛、砂、乾いた植物、灰。どの素材も、キャンバスに届く前から自分の物語を持っている。

なかでも灰はもっとも明白だ。それは火の結果であり、20世紀の歴史において火はきわめて暗い意味を帯びる。キーファーは説明する必要がない。そこにある灰だけで、何かがかつて燃えたことを見る者は知る。

銅は違う。電気と信号を運ぶ。近代都市の配線だ。キャンバスの上で、銅の線は火のあとに生き残ったもの、燃えなかったもののように見える。

なぜ残るのか

「Lilith」は歴史について答えを出さない。差し出すのは、長く前に立つための、重く灰色の表面だ。近づくほど、灰はむらになり、線は歪み、絵具は不規則になる。都市は物質へと溶けていく。

ボイスの「The End of the Twentieth Century」の玄武岩の塊と並べると、「Lilith」は同じ確信を示す。素材は覚えている。ひとつまみの灰は火を覚えている。一本の銅線は電流を覚えている。そして灰を通して見た都市は、自らもまた消えうることを覚えている。