エッセイ · 嗅覚アート

エドゥアルド・パオロッツィ(Eduardo Paolozzi)「Astute sizing up perfume trends」

Eduardo Paolozzi. Astute sizing up perfume trends.

香りがグラフの数字になるとき。

エドゥアルド・パオロッツィ「Astute sizing up perfume trends」:「General Dynamic F.U.N.」より、コラージュによるフォトリトグラフ

The Art Institute of Chicago, Elizabeth Gott Templeton Endowment · The Art Institute of Chicago



56枚のうちの一枚

「Astute sizing up perfume trends」は、エドゥアルド・パオロッツィが1965年頃から1970年にかけて制作した版画ポートフォリオ「General Dynamic F.U.N.」の一枚。1970年、ロンドンの Editions Alecto が刊行した。箱に収めた56点のフォトリトグラフとスクリーンプリント、エディションは350部。より大きなプロジェクト「Moonstrips Empire News」の第2巻にあたる。

シカゴ美術館によれば、この一枚は紙にフォトリトグラフ、38 × 25.4 cm。ロンドンでリチャード・デイヴィス(Richard Davis)が刷った。判型は小さく、雑誌のページに近い。偶然ではない。パオロッツィの素材の多くは、雑誌のページから来ていた。

このセットの多くの紙には、長く奇妙なタイトルがついている。別の文章から切り取った一行のように。「Studies in Human Salvage」「More Power to Everybody」「Decency and Decorum in Production」「Becoming is Meaning like Nothing is Going」。「Astute sizing up perfume trends」はその列に、詩の中へ迷い込んだ業務連絡のように並ぶ。

ポートフォリオのタイトルもまた駄洒落だ。General Dynamic は、ベトナム戦争で使われた戦闘機 F 111 を製造した企業、ジェネラル・ダイナミクス(General Dynamics)を思わせる。F.U.N. は軍の略語のように、大文字とピリオドで綴られる。快楽と戦争機械が、一行の活字を分け合っている。

大衆の世界をコラージュする

エドゥアルド・パオロッツィは1924年、スコットランドのリースでイタリア系の家庭に生まれ、2005年に没した。彫刻家であり、イギリスのポップアートへの道を開いた一人でもある。1950年代の初め、ロンドンのインディペンデント・グループに属した。広告、SF、機械、アメリカの大衆文化に惹かれた芸術家と批評家の集まりだ。

早い時期から、彼の方法はコラージュだった。雑誌、コミック、技術マニュアル、パッケージから像を集め、組み合わせる。一枚の絵を嘲るためではない。イメージの体系全体がどう働いているかを示すために。

「General Dynamic F.U.N.」は、その方法を高い密度まで押し進める。幾何学的なブロックが、見慣れた紋章や、コンピューターで描いたような図表と並ぶ。見る者は、止まることのない情報の流れと向き合う。雑誌の束をとても速くめくるように。

フォトリトグラフによって、パオロッツィは写真や既存の印刷物をそのまま作品に取り込めた。版画は素描のふりをしない。自らが印刷機の産物であり、借用元の広告の親類であることを認めている。

役員室の香水

なぜ香水なのか。1960年代の終わりには、香水は巨大な産業になっていた。匂いよりも、絵によって売られていた。人は肌の上で出会う前に、印刷されたページの上でボトルに出会うことが多かった。広告は顔を、都市を、憧れの暮らしを語った。香りそのものは印刷できなかった。

パオロッツィのタイトルは、そこからさらに一歩進む。広告だけでなく、その背後の計算まで。誰かが座ってトレンドを見きわめ、次の季節に人々が何を嗅ぎたがるかを予測している。香りはグラフの曲線になる。

版画は、これが良いとも悪いとも言わない。パオロッツィはめったに説教をしなかった。ただこの言葉を、機械部品や紋章のあいだに、戦争や生産や廃品としての人間を扱う紙の隣に置いた。その並びの中で見ると、香水のトレンドを測ることも、セットの他のすべてと同じくらい奇妙に見える。

残るのは、いまも開かれたままの問いだ。嗅覚は身体にもっとも近い感覚であり、分かち合うのも記録するのもいちばん難しい。それなのに、語られるのはもっぱら絵と数字を通してだ。1960年、映画は機械で劇場に匂いを持ち込もうとした。パオロッツィは版画に匂いを加えない。香りと、それについて語られるすべてのあいだの距離を示すだけだ。