エッセイ · 嗅覚アート
エリザベス・レンストロム。「Basenote Bitch」。
Elizabeth Renstrom. Basenote Bitch.
十代の香水瓶はどれも、ひとつの自分の下書きだ。
Olfactory Art Keller · Olfactory Art Keller
思春期の静物
エリザベス・レンストロムは静物を撮る写真家だ。2024年2月14日から3月30日までニューヨークの Olfactory Art Keller で展示された「Basenote Bitch」で、彼女の主題は、何世代もの十代に愛されてきた定番の香水だった。
彼女はそれらを広告のようには撮らない。継ぎ目のない背景も、完璧な光も、モデルの手もない。瓶はそれぞれ、再構成された寝室の一角に置かれる。机、枕元の棚、成長していく子どもの散らかった物。展覧会の一枚には、そうした物のあいだにディオールの「Fahrenheit」が写っている。
寝室こそふさわしい場所だ。最初の香水が暮らす場所だから。瓶は見られるために飾られるか、隠される。ときに香水をもっていること自体が、小さな反抗だったからだ。レンストロムはその両方の可能性をフレームのなかに残す。
風刺と見覚え
レンストロムの静物は風刺的だ。少しだけ誇張し、少しだけ丁寧すぎるほどに整えられている。住む人より大人びて見せようとする部屋のように。見る人はその部屋をすぐに見分ける。私たちの多くが、かつて似た部屋をもっていたからだ。
展覧会は、ギャラリーの解説が素朴な自己像の恍惚と苦悶と呼ぶものを扱う。思春期は、自分のさまざまな版を試す時期だ。服、髪型、音楽、そして香り。そのなかで香りはもっとも目に見えず、それでいてもっとも力をもつと信じられている。朝にひと吹きすれば、少なくとも自分の頭のなかでは、新しい誰かとしてドアを出ていく。
タイトルは、肌の上にもっとも長く残る香りの部分を指す調香師の言葉を借り、それを下品な俗語と組み合わせている。その衝突が展覧会全体の調子を決める。半分は愛情、半分はからかい。そして作家自身がかつて同じ部屋に立っていたことを隠さない。
吹きかけ、かぎ、思い出す
「Basenote Bitch」の第二部はインスタレーションだ。写真に登場する物がフレームの外へ取り出され、ギャラリーに置かれ、像が指し示すまさにその香水で香りづけされる。来館者は吹きかけ、かぎ、思い出すよう促される。
ここで作品は性格を変える。写真の前では、来館者は観察者で、笑えるだけの距離がある。香りの前では、その距離が崩れる。かつて学校の廊下を満たした香水は、許しを待たない。古い部屋を、古い友人を、古い自分の版を開く。
Olfactory Art Keller は展覧会にあわせてふたつの催しも開いた。3月17日には、作家のレオナ・ゴディンが、目の見えない来館者とその同伴者のための言葉による描写のツアーを案内した。3月24日には、レンストロムがアーティスト・トークを行った。描写のツアーはここで特別な重みをもつ。像と匂いを並べる展覧会で、目の見えない来館者も香りのなかへ十全に入り、像を言葉で聞く。
「Basenote Bitch」は思春期について結論を出さない。かつて自分を表すために選んだ物を、ふたたび私たちの前に置き、あとは鼻にまかせる。Olfactory Art Keller のプログラムのほかの展示では、香りがしばしば作品のすべてだ。ここでは、香りは言い返す部分になる。