エッセイ · 嗅覚アート
Olfactory Art Keller。
Olfactory Art Keller.
見えないもののためのギャラリー。
Olfactory Art Keller · Wallpaper*
科学者がギャラリーを開く
アンドレアス・ケラーは、神経科学と哲学、二つの博士号を持つ。約二十年にわたり匂いを研究し、2018年には『Philosophy of Olfactory Perception』を著した。嗅ぐことと見ることを、ともに世界を知る方法として扱ったとき、両者はどう違うのかを論じた本だ。
2021年、彼はマンハッタンに Olfactory Art Keller を開いた。ギャラリーは現在、チャイナタウンのヘンリー・ストリート25番地にある。原則はひとつ、はっきりしている。作品は匂いである。見るものがあってもいい。言葉があってもいい。だがそれらは添えものにすぎない。
ケラーが求めるのは模倣ではない。ここでの作品は、バナナの匂いがすると人に声を上げさせるためのものではない。ひとつの考えを差し出すためのもの。絵具が絵画の素材であるように、匂いがその考えの素材となる。
このギャラリーを高級香水店と分けるのは、時間だ。どの展示にも、始まりの日と終わりの日がある。人は来て、嗅いで、去る。持ち帰るものは何もない。匂いは部屋と記憶に残る。
不快な匂いを恐れない
香水産業は、ほぼ心地よい匂いだけを扱う。Olfactory Art Keller は、そうした線を引かない。一例がレイチェル・バーフィールドの「Shame」。人の体の分泌物を思わせる素材を、フローラルやムスクの隣に置く。作品は見る者を落ち着かなくさせようとし、そうすることで、香水産業が守りつづける美の基準を問う。
展示の方向はさまざまだ。「Minimal Scents」は、匂いづくりにおけるミニマリズムを探った。「Portraits in Scent」と「Found Scents」は、形のないものを匂いでとらえようとするグループ展。2024年のはじめ、エリザベス・レンストロムの「Basenote Bitch」は、ひとつの世代になじみ深い量販の香水で思春期を呼び起こした。ショッピングモールの棚に並ぶ、りんごや甘い果物の匂い。
2024年の終わり、ショーン・ラスペットとマクスウェル・ウィリアムズの「Missense」は、人によって感じ方の異なる、わざと曖昧な匂いをつくった。ラスペットは長く、匂いの分子を扱ってきた。Residuals のように。
ギャラリーの公募への応募は、約40件から約100件に増えた。応募は多方面から届く。調香の専門家からも、匂いを混ぜることを学びはじめたばかりの人からも。
ライラックの季節ひとつ
ギャラリーで展示された作品のうち、最も記憶に残るのはミリアム・ソングスターの「Bloom Dates」だ。何ひとつしないからである。ニューヨークのライラックの季節のあいだ、ライラックの枝が部屋に置かれた。花は開き、匂いを放ち、しおれた。花が色あせたとき、作品は終わった。
処方もなく、瓶もなく、複製もない。「Bloom Dates」の匂いは、保存も販売もできない。それは鼻で測られたひとつの時間。最初の週に来た人は、ある匂いを嗅いだ。最後の週に来た人は、別の匂いを嗅いだ。
その作品は、ギャラリー全体の精神を要約している。匂いは生きた素材。変わり、消える。それをギャラリーに持ち込むのは、永遠に保つためではない。まだそこにあるうちに、人がそれに気づく場所をつくるためだ。
2022年、初年度の展示から選ばれた作品が、展覧会OAK@IAOとしてロサンゼルスへ渡った。それでも出発点は、ヘンリー・ストリートの部屋のまま。ニューヨークで、人が買うためではなく、嗅ぐために訪れる場所。