エッセイ · 嗅覚アート
エリック・フォン「Thanatos: Scent of Death Perfume」。
Eric Fong. Thanatos: Scent of Death Perfume.
死の匂いは、思うよりも森の近くにある。
© Eric Fong · Eric Fong(公式サイト)
死についての香水
タナトスはギリシア神話における死の擬人化。芸術家エリック・フォンはその名を香水に与えた。その匂いは、森で見つかった分解途中の遺体を思わせる。
際物のように聞こえる。だが実際には、このプロジェクトは科学に立っている。フォンは法医人類学者アンナ・ウィリアムズと協働した。彼女の研究は、分解の過程で放出される400を超える揮発性有機化合物にわたる。香りを調合したのは、スコットランドの Jorum Studio の調香師ユアン・マッコール。
この香水は死体の匂いを再現しない。いくつかの分解化合物を選び、フローラルとウッディのノートのそばに置く。つける人は開けた草原から、人里離れた森の奥へと導かれ、そこで遺体が見つかる。
森と死体が分子を分け合うところ
「Thanatos」の核にある考えは、重なりだ。身体が崩れていくときに放出される化合物の多くは、調香師が昔から使ってきた天然素材にも現れる。花、土、木は、化学の一部を死と共有している。
その重なりは、見慣れた境界を揺さぶる。私たちは匂いを、心地よいものと忌まわしいものに分ける。分子の次元では、二つの群はきれいに分かれていない。ある匂いを好むか恐れるかは、分子そのものだけでなく、文脈や、その出どころについて知っていることに左右されることが多い。
「Thanatos」は来場者をちょうどその交差点に立たせる。花と木が鼻を安心させる。それから、何か奇妙なものが忍び込む。来場者は、森を嗅いでいるのか身体を嗅いでいるのか、確かめられない。その不確かさが作品だ。
解剖台、映像、犯罪現場の写真
香水は、複数の部分からなるインスタレーションの中心にある。来場者は解剖台をかたどった彫刻を通してそれを嗅ぐ。鼻の置き場所が、身体の置き場所になる。
その傍らでは、森で遺体を見つけるまでを描く緊迫した短編映像「The Search」が流れる。壁には、ティーズサイド大学法医人類学部による、演出された犯罪現場の写真が掛けられた。
2020年、インスタレーションはレスターの Cube Gallery, Phoenix と、ミドルズブラのティーズサイド大学 Constantine Gallery で展示された。Arts Council England が National Lottery の資金で支援した。「Thanatos」はその後 Aesthetica Art Prize のロングリストに入り、2022年には Institute for Art and Olfaction の Sadakichi Award のファイナリストに選ばれた。
なぜ、あえて死を嗅ぐのか
近代社会は死を注意深く隠す。死者はすぐに運び去られ、清められ、冷やされる。最初に消されるのは匂いだ。多くの都市の住人にとって、死の匂いは話に聞いたことはあっても、嗅いだことのないものだ。
「Thanatos」はその匂いを、制御できる枠のなかに連れ戻す。ギャラリー、小さなボトル、始まりと終わりのある物語。目的は嫌悪させることではない。死が、私たちの美しいと思う森と同じ循環に属していることを示す。
もうひとつの層がある。法医学者や死体捜索犬にとって、分解の匂いは情報であり、手がかりだ。作品は数分のあいだ、ふつうの人々にその鼻を貸す。その場では、匂いはもう感情ではない。証拠になる。