エッセイ · 嗅覚アート

「The Art of Scent」。

The Art of Scent.

見るもののない部屋。

「The Art of Scent」。来館者が身を寄せて香りを嗅ぐ、くぼみのある白い展示室

Museum of Arts and Design · Museum of Arts and Design



12の作品、像はひとつもない

2012年11月20日から2013年3月3日まで、ニューヨークのミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザインは「The Art of Scent」を開いた。範囲は1889年から2012年まで。美術館はこれを、香りを芸術創造の主要な媒体として認めた初の大規模な美術館展と呼んだ。

キュレーターはチャンドラー・バー。かつて The New York Times の香水評論家で、当時は同館の嗅覚アート部門を率いていた。その期間につくられた12の作品を選び、作者は15人。作品より作者が多いのは、二人の作者を持つ香りがあったからだ。

そのなかに、エメ・ゲランの「Jicky」、1889年。エルネスト・ボーの「Chanel N° 5」、1921年。ジャン=クロード・エレナの「Osmanthe Yunnan」、2006年。ダニエラ・アンドリエの「Untitled」、2010年。

美術館によれば、どれも理由があって選ばれた。媒体の美学がどう変わってきたかを示すため、あるいは香りのデザインにおける大きな革新を記すため。12の香水は、売れ筋の一覧ではなく、ひとつの美術史の12の道標として読まれる。

壁のくぼみ

空間を設計したのは建築家ユニット Diller Scofidio + Renfro。展示室はほとんど空っぽだった。三方の壁に沿って、ゆるやかに傾いた、ほとんど有機的なくぼみが一列に並ぶ。どれも同じかたち。

くぼみはひとりの来館者にちょうど合う大きさだった。頭を差し入れると、隠された拡散装置がひと吹きの香りを放つ。そして消える。身を引き、次へ移る。

ボトルはない。箱もない。広告も、モデルの顔もない。ふだん香水を取り巻くものはすべて外に置かれた。残ったのは匂いと、とても身体的な動作だけ。前にかがみ、壁に顔を寄せる。

その展示はどんなラベルよりも多くを語った。来館者が見に来たものは壁の上にはない、と告げていた。それは空気のなかにあり、数秒のあいだだけ存在し、消える。

なぜ1889年から始めるのか

1889年という年は恣意的ではなかった。美術館の説明によれば、19世紀後半、合成原料が香りづくりに入ってきた。それ以降、調香師は花や木や樹脂から直接とったのではない素材を手にした。

美術館にとって、それは職人の技の産物が芸術作品になりうる瞬間だった。調香師はもう花を再現するだけでなくてよい。存在するどんなものとも似ていない匂いをつくれる。模倣から解き放たれた画家のように。

メインの展示室の横には、香りの構成におけるデザインの役割を説明する体験型のサロンがあった。来館者は感覚から理解へと導かれた。匂いを好ましいかどうかで判断するだけでなく、選択の積み重ねでできていると見るように。

いまも開かれた問い

店で売られる香水を美術館に置けば、問いが生まれる。これはアートなのか、それとも製品のための優れたデザインなのか。展覧会は、全員が同じ答えを出すことを求めなかった。

答えがどうであれ、「The Art of Scent」は具体的なことをした。調香師の名前を、画家や彫刻家と同じように年とともに美術館の壁に掲げた。ふだんブランドの陰に隠れている名前が、見える場所に出された。

そして来館者に、美術館がふだん無視する感覚を使わせた。その展示室では、目はほとんど役に立たなかった。来館者は鼻を信じるしかなかった。そうするよう教わることは、めったにない。

5年後のロンドンで、別の展覧会が現代の香水をギャラリーに置き、ニューヨークのひとつの名前が再び現れた。ダニエラ・アンドリエ。バーが投げかけた問いは、問われ続けた。