エッセイ · 嗅覚アート
「Belle Haleine, The Scent of Art」。
Belle Haleine, The Scent of Art.
鼻が先に立つとき。
Museum Tinguely, Basel · Museum Tinguely
美術館が匂いを問う
2015年2月11日から5月17日まで、スイス・バーゼルのティンゲリー美術館は、アンニャ・ミュラー=アルスバッハのキュレーションによる「Belle Haleine, The Scent of Art」を開催した。面積は1,200平方メートルを超え、40人を超える作家が集まった。
問いは短かった。芸術はどんな匂いがするのか。そして、作品との出会いで鼻が突然主役になったら、何が起きるのか。美術館は目のための場所だ。ここでは目が場所を譲らなければならなかった。
美術館によれば、この展覧会は匂いを芸術の素材として見つめ、匂いと記憶と感情のつながりを見つめた。さらに、語りにくいことにも触れた。人間の体とその自然な匂いに対する、私たちの両義的な関係である。
題名は、マルセル・デュシャンが1921年に作った香水瓶「Belle Haleine, Eau de Voilette」を思い起こさせる。そのラベルには、マン・レイが撮影した、ローズ・セラヴィ(Rrose Sélavy)に扮したデュシャンの写真がある。デュシャンも出品作家のひとりだった。嗅ぐためではなく見るために作られた瓶が、芸術における匂いの歴史の始まりに立っている。
息、排泄物、先駆者たち
歴史的なセクションは20世紀初頭の作家たちをたどり、1920年代のマン・レイやカルロ・カッラの作品、さらに数人のバロック期の作家の作品まで含んでいた。
そしてピエロ・マンゾーニ。1960年、彼は風船に作家の息を吹き込んだ「Fiato d'artista」を作った。1961年には、自分の排泄物が入っているとされる缶「Merda d'artista」。どちらも何も嗅がせない。匂いを思わせ、それを思ったことで落ち着かなくさせるだけだ。
興味深い出発点である。本物の匂いが展示室に入る前から、匂いはすでに観念として存在していた。形式的な芸術が脇へ追いやりがちだった、体を思い出させるものとして。
芸術における匂いの二十年
「Belle Haleine」の核は、それまでのおよそ20年の作品、嗅覚が本格的に用いられた作品だった。
シルド・メイレレスは、1980年から1994年にかけて制作した「Volátil」を出品した。タルカムパウダーと合成香料による、中を歩くインスタレーションである。ビル・ヴィオラは1975年の「Il Vapore」、ユーカリの蒸気を用いたビデオ・インスタレーション。ヤナ・スターバックは「Chemise de Nuit」。シルヴィ・フルーリーは2002年の「Aura Soma」。シセル・トラースは2006年から2015年まで続くプロジェクト「The FEAR of Smell」を出品した。
名はさらに続く。ルイーズ・ブルジョワ、マルセル・ブロータース、カールステン・ヘラー、エルネスト・ネト、オズワルド・マシア、ピーター・デ・クーペレ、クララ・ウルシッティ、ヴァレスカ・ソアレス、ディーター・ロート、エド・ルシェ、メグ・ウェブスターほか。美術館にその名を冠するジャン・ティンゲリーも、そこにいた。
並べてみると、作品たちは匂いがジャンルではないことを示していた。匂いは色や石と同じく素材であり、作家はそれぞれ違う場所へ運ぶ。恐れさせる者がいる。思い出させる者がいる。鼻がまだこれほど鋭いことに、ただ驚かせる者もいる。
「Belle Haleine」が心に残る理由
展覧会は展示室の外にも広がった。2015年2月14日、バレンタインデーには「Pheromone Party」。2015年4月17日と18日には学際的なシンポジウム、そして一連のワークショップ。
残るのはその幅である。「Belle Haleine」は一人の作家や一つの運動の物語を語らなかった。デュシャン、マンゾーニ、ヴィオラ、そして現代の香りの作家たちを一本の線に並べた。芸術における匂いの使用に、書くに値する独自の歴史があるかのように。
しかもそれを、機械の芸術家の名を冠した美術館で行った。ティンゲリーの機械はがたがたと鳴り、動き、ときに自らを壊す。匂いもまた動き、溶けていく。二つは2015年の春、バーゼルで出会った。