エッセイ · デザインとしてのファッション

フリーダ・カーロ「Making Her Self Up」

Frida Kahlo. Making Her Self Up.

ひとりの人が毎朝、布と白粉と石膏から自分を組み立てた。

メキシコの衣装を着たフリーダ・カーロ。ニコラス・マレー(Nickolas Muray)による肖像写真

© Nickolas Muray Photo Archives · Victoria and Albert Museum (V&A)



扉の向こうの50年

「Frida Kahlo: Making Her Self Up」は2018年6月16日、ロンドンの V&A サウス・ケンジントンで開幕し、同年11月18日に閉幕した。中心にあったのは、このメキシコの画家の衣服と身の回りの品のコレクションである。

これらの品は、1954年の彼女の死後、50年間しまい込まれていた。V&A によれば、コレクションがメキシコ国外で展示されたのはこれが初めてだった。品の多くはフリーダ・カーロ博物館(Museo Frida Kahlo)の所蔵で、ディエゴ・リベラとフリーダ・カーロのアーカイブはメキシコ銀行(Banco de México)が保管している。

ねらいは、もっとも私的な持ち物を通してカーロの生を見ることだった。伝記を通してでも、伝説を通してでもない。彼女が毎日着て、塗って、使ったものを通して。

それは来場者の立つ位置を変える。私たちが前にしているのは有名な芸術家ではない。ひとりの人の衣装箪笥である。

布、白粉、石膏

大半はメキシコの衣装だった。ミシン刺繍のチェーンステッチが入った、チュニック型の木綿のウィピル。刺繍と、裾のフリルであるオランをあしらったプリント木綿のスカート。チェーンステッチの花を刺したサテンのスカート。マサテコのウィピルと床丈のスカートに合わせて着たグアテマラの木綿のコート。ウィピルと長いスカートのこの組み合わせはテワナの女性たちと結びついており、カーロはそれを意図的な選択として身につけた。

次に化粧品。どれも1954年以前のものだ。チーク Clear Red の入った Revlon のコンパクトとパフ。Seal-fast のトップコート。Frosted Snow Pink と Frosted Pink Lightening の Lastron のネイルエナメル。Everything's Rosy という名の口紅。パッケージの名前は、1950年代の小さな詩のように読める。

そして、もっと硬い物。革のブーツを履いた義足。ブーツには中国風の文様を刺繍した絹がアップリケされている。カーロ自身が彩色し飾った石膏のコルセット。これらは支えを必要とした体を語る。だが隠されてはいなかった。それらは彩色し、刺繍し、自分のやり方で美しくするための表面になった。

イメージをつくる

物のそばには写真と絵画が並んだ。ニコラス・マレーは1939年、青いサテンのブラウスを着たカーロを撮り、同じ年にオルメカの小像とともにもう一度撮った。1926年ごろの写真の裏には、1929年4月の日付で、ディエゴへ、Frieda と署名した書き込みがある。

二点の自画像の名が挙げられていた。1932年の「Self-portrait on the Border between Mexico and the United States of America」と、1941年の「Self-portrait with red and gold dress」。絵のなかのカーロは、近くのケースに横たわる服と同じような服を着ている。絵画と物が互いを映し合う。

V&A の示し方では、カーロは衣装、装身具、そして写真と絵のなかでの自分の見せ方を通して、意図をもって公的なイメージを築いた。毎朝のウィピル、白粉、口紅は、ひとつの長い作品の一部だった。

「Making Her Self Up」が残すのは痛みの物語ではない。痛みはそこにあるけれど。それは選択の物語だ。人は自分の体を選べない。だが、それに何を着せるかは選べる。そしてその選択は、50年しまい込まれたあとも、扉が開いたとき色を保っていた。


デザインとしてのファッション