エッセイ · 写真
グラシエラ・イトゥルビデ(Graciela Iturbide)「Juchitán de las Mujeres」
Graciela Iturbide. Juchitán de las Mujeres.
ある場所は、それを抱く人々を通して記憶される。
作家提供 · Aperture
地峡への招き
フチタンは、メキシコ南部オアハカ州のテワンテペク地峡にある町。サポテカ文化の中心であり、長くメキシコの先住民共同体の闘いを象徴してきた。
1979年、フチタン出身の画家フランシスコ・トレド(Francisco Toledo)が、町のカサ・デ・ラ・クルトゥーラで展覧会をつくるようグラシエラ・イトゥルビデを招いた。彼女は引き受けた。この旅が、1979年から1989年まで十年近く続く連作の始まりとなった。
イトゥルビデはメキシコシティに生まれた。二十世紀メキシコ写真の巨匠マヌエル・アルバレス・ブラボ(Manuel Álvarez Bravo)に写真を学んだ。彼を通して、自国の先住民文化の暮らしに関心をもつようになった。フチタンは、その関心が長い実践となった場所である。
中心にいる女たち
フチタンでは、女性が経済と儀礼の生活の要を担う。市場で商い、祭りの中心に立ち、町のリズムを保つ。イトゥルビデは彼女たちを中心に置いた。題がはっきりとそう告げている。女たちのフチタン。
彼女は市場で、祝祭で、家で、通りで、女たちを撮った。来ては去るのではなかった。留まり、戻り、友となった。のちに彼女は、フチタンはもっとも幸せを感じた場所のひとつだったと語っている。そこでの友情のゆえに。写真に写った人の中には、何年もあとまで彼女を訪ねてくる人がいたとも。
多くの写真がその信頼から生まれた。「Magnolia」は酒場で撮られた。写された本人がカメラを持つイトゥルビデを見つけ、呼び寄せて、撮ってほしいと頼んだ。被写体のほうから、フレームの中へ歩み入った。
イグアナの聖母
連作でもっともよく知られた像は、1979年に撮られた「Nuestra Señora de las Iguanas」。女性はソベイダ・ディアス(Zobeida Díaz)、フチタンの市場でイグアナを売っていた人。頭の上には生きたイグアナが、冠のように輪になって並ぶ。
イトゥルビデによれば、ソベイダを12枚撮り、うまくいったのは一枚だけだった。イグアナがみな、まるで自分たちもポーズをとるかのように頭を上げていた、ただ一枚。
題は聖母のための呼び名を借りている。市場の売り手が、聖なる像と同じ高さに置かれる。写真の中に演出されたものは何もない。ひとりの女、市の立つ日、そしてすべてがたまたま揃った一秒だけ。
この写真はやがて、それが撮られた市場から遠く旅をした。そのプリントは、サンフランシスコの SFMOMA、ワシントンのナショナル・ギャラリー、ブルックリン美術館などに収蔵されている。フチタンの市場のひとときが、メキシコ写真でもっとも知られた像のひとつになった。
この連作は、本当のフチタンを見せていないと批判されたことがある。イトゥルビデは、これはフチタンではなく私のフチタンだと答えた。その答えは、客観を名乗る多くの記録作品よりも誠実である。
彼女は外に立っているふりをしない。客として、友として、都会から来た者として見る。写真はその立ち位置の刻印を帯び、それを隠さない。
「Juchitán de las Mujeres」で心に残るのは、視点についての誠実さである。近い親戚といえるのがガウリ・ギルの「Acts of Appearance」。そこでも写真家がひとつの共同体に長く留まり、写される人々が自分の現れ方を決めるのに加わる。