エッセイ · 嗅覚アート
「松と千鳥の香合」
Incense Box (Kogo) with Pines and Plovers.
匂いと願いをしまう、小さな箱。
The Metropolitan Museum of Art、Mary Griggs Burke コレクション、Mary and Jackson Burke Foundation 寄贈、2015年(オープンアクセス、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art
手のひらの中の浜辺
この箱はニューヨークのメトロポリタン美術館の所蔵品で、収蔵番号は2015.300.280a, b。a と b はその二つの部分、身と蓋を指す。高さ3.9 cm、幅6.9 cm、奥行9.5 cm。机の上では、大きめのマッチ箱ほどの場所しかとらない。
メトロポリタン美術館はこれを十四世紀前半のものとし、南北朝時代(1336年から1392年、日本に二つの朝廷が並び立った時代)に位置づけている。作者の名は記されていない。
箱に描かれているのは浜辺だ。松の木、飛ぶ千鳥や立つ千鳥、砂の上に散らばる貝。メトロポリタン美術館はこれを吉祥の構図と呼ぶ。松は一年中緑を保ち、古くから長寿を表してきた。千鳥の鳴き声は「ちよ」と聞こえ、千年を意味する「千代」と同じ音になる。
こうして、手のひらより小さな蓋の上に、作り手は長寿の願いを二つ並べ、さらに貝を散らして、ここが浜辺であること、水が果てしなく満ち引きする場所であることを思い出させる。
平らに研ぎ出された金
箱は木に漆を塗ったもの。意匠は研出蒔絵による。下絵に沿って濡れた漆の上に金粉を蒔き、全体をさらに漆で塗り込め、それから金がふたたび現れるまで研ぎ下ろす。金は盛り上がらず表面と平らに収まり、まるで一層の水を透かして見ているようだ。
地は梨子地で、メトロポリタン美術館の言葉では「梨の肌の地」。細かな金の粒が漆の中に浮かび、和梨の斑のある肌のように不揃いにきらめく。その地の上に、松と鳥がより密な金で浮かび上がる。
どちらの技法も時間を要する。漆の一層ごとに乾かさねばならない。研ぎはゆっくりでなければならない。研ぎすぎれば絵が消えるからだ。これほど小さな箱が、多くの大きな物よりも多くの仕事の層を抱えている。
この箱はおよそ七世紀を越えてきた。それでも、見る人が鳥を一羽ずつ数えられるほどの金が残っている。漆は匂いよりも像をよく保つ。かつて中にあった香はとうに消え、蓋の上の浜辺はまだそこにある。
香を入れる前に
メトロポリタン美術館の記録に、立ち止まる価値のある一点がある。茶の湯で使われた多くの香合と同じく、この箱も最初は十二の道具からなる化粧道具一式、十二手箱に属していたかもしれない。そうした一式の中で、この箱はお歯黒の材料を入れていた可能性がある。当時の日本の貴族の美の習わしである。
つまり、この箱は役目を変えたのかもしれない。最初は身体に塗るものを入れていた。のちには部屋のために焚くものを入れた。松と鳥はそのままの場所にいた。変わったのは中身だけだ。
後の茶の湯で香合は、亭主が炉に炭をつぐときに持ち出される小さな香の箱である。香の一片を火のそばに置き、湯が沸く前に部屋を香らせるためだ。客の前に置かれるものなので、香合は念入りに選ばれ、このような古く上質な箱は多くの持ち主の手を経て受け継がれた。
2015年、この箱はメアリー・グリッグス・バークの日本美術コレクションとともに、メアリー・アンド・ジャクソン・バーク財団の寄贈としてメトロポリタン美術館に入った。記憶に値するのは、日本で香りが決して単独で旅しなかったことを示すからだ。香りは箱と、絵と、願いと、ときには箱自身の前世とともにやってきた。