エッセイ · 現代アート
ジャネット・カーディフ(Janet Cardiff)。「The Missing Voice (Case Study B)」。
Janet Cardiff. The Missing Voice (Case Study B).
二つの通りが重なる。ひとつは現実、ひとつは録音。
提供:Artangel · Artangel
図書館から始まる
1999年、Artangel はカナダの作家ジャネット・カーディフを招き、イースト・ロンドンで作品をつくるよう依頼した。その結果が「The Missing Voice (Case Study B)」、約45分のオーディオ・ウォークである。
始まりはホワイトチャペル図書館だった。参加者はプレーヤーとヘッドフォンを受け取り、再生ボタンを押した。女性の声が聞こえてきた。とても近く、ほとんどささやき声で。声は聞き手に、ついてくるよう求めた。
そこから聞き手は図書館を出て、スピタルフィールズを抜け、シティ・オブ・ロンドンへ向かって歩いた。道すがら、衣料品店、新聞スタンド、空っぽの教会、混み合う駅のコンコース。声は、いつ曲がり、いつ止まり、いつ見上げるかを告げた。
図書館は2005年に閉館した。建物はいまホワイトチャペル・ギャラリーの一部になっている。作品は残っている。
音の二つの層
この作品を際立たせるのは、音の録り方だ。ヘッドフォンが運ぶのは声だけではない。足音、車の音、人の話し声、遠いサイレン。これらの音は、聞き手がまさにいま歩いている道筋で録音された。
だから聞き手は、二つの通りを同時に聞く。まわりにある現実の通りと、その日の騒音。そして録音された通りと、別の日の騒音。層はあまりに密に重なり、どの音が現実なのか、しばしばわからなくなる。
誰かが後ろにいると思い込んで振り返る人がいる。車が来ると思い込んで立ち止まる人がいる。頭が整理するより先に、身体が音に反応する。
カーディフはその不確かさを素材として使う。作品はヘッドフォンのなかにも、通りにもない。二つが出会うところにある。
消えた女
物語の中心には、行方のわからなくなったひとりの女がいる。探偵の声がある。告白のような箇所、推測のような箇所、夢のような箇所がある。筋は一直線には進まない。
カーディフの声は語り、問い、ときに独り言のようにも聞こえる。聞き手はすべてを知ることはない。断片だけを受け取り、そのあいだも足は指示に従いつづける。
題は二通りに読める。消えたのは物語のなかの女。けれども声もまたひとつの不在だ。声は耳のなかにあり、話し手はそこにいない。聞き手は、通りにいない誰かと並んで歩く。
作品は半分が探偵小説、半分が去っていった友人との散歩である。
いまも聞こえる
二十年以上たったいまも、「The Missing Voice」は終わっていない。Artangel はその三つのパートをオンラインで公開し、ストリーミングやダウンロードができるようにしている。聞き手はホワイトチャペル・ギャラリーから出発し、もとの道筋をたどり直す。
変わったのは通りだけ。店には新しい持ち主がいる。新しい建物が建った。ヘッドフォンのなかの1999年の騒音は、今日の騒音からますます遠ざかっていく。作品は同じままだが、二つの層のあいだの隔たりは広がりつづける。
時間が、いわば作品に自らを書き込んだ。それは消えた女の物語として始まった。いまはすでに失われたイースト・ロンドンの記録でもある。
サイラス・クラーク(Cyrus Clarke)の「The Anemoia Device」のように、ほかの人が戻ってこられるよう一瞬を留めておく作品は、みな同じことを示す。記憶はじっとしていない。開かれるたびに、新しい現在に出会う。