エッセイ · 嗅覚アート
ジャス・ブルックス(Jas Brooks)、ペドロ・ロペス(Pedro Lopes)。「Smell & Paste」。
Jas Brooks, Pedro Lopes. Smell & Paste.
匂いにも、形になる前のスケッチが要る。
ラボからの問い
「Smell & Paste」は、シカゴ大学のヒューマン・コンピュータ・インテグレーション・ラボから生まれた。ペドロ・ロペスが率いるラボである。当時そこで博士課程の研究者だったジャス・ブルックスは、匂いを人と機械のインターフェースとして扱うプロジェクトをいくつも手がけていた。二人はこのプロジェクトを、ヒューマン・コンピュータ・インタラクションの主要な国際会議 CHI 2023 でフルペーパーとして発表した。
出発点は一連のインタビューだった。チームは匂いを扱う専門家八人に、つくる前にどうアイデアを試すのかを尋ねた。答えから空白が見えた。匂いが時間とともにどう展開するかを手早くスケッチする、確立された手順がほとんどなかったのだ。
ほかの分野では、スケッチは日常だ。インターフェースデザイナーは紙にワイヤーフレームを描く。映画監督は絵コンテをつくる。サウンドデザイナーはラフな音を録る。匂いの場合、アイデアを試すにはディフューザー、回路、化学物質、そしてそれらを扱える人が必要だった。一回の試行ごとに時間と費用がかかり、人は試すことを控えた。
シール、紙テープ、カセット
ブルックスとロペスの答えは、意図して単純だ。主な素材はスクラッチ&スニフのシール。表面に、微細なカプセルに封じた匂いをもつ既製のラベルである。こすればカプセルが割れ、匂いが出る。
デザイナーはこのシールを、好きな順に紙テープに沿って貼る。それからテープをカセットに入れる。カセットは3Dプリントでも、段ボールを折ってもつくれる。テープが進むと、シールは一枚ずつこする位置を通る。匂いは貼られた順番どおりに届く。
電気は要らない。プログラミングも要らない。化学物質を扱うこともない。連なりは数分でつくれ、剥がして貼り直せば並べ替えられ、ほかの人に渡して試してもらえる。チームはカセットのファイルを GitHub で公開し、誰でもキットをつくれるようにした。
カセットという形は偶然ではない。テープは時間を運ぶ。一方の端からもう一方へ流れ、最初に置いたものが最初に届く。手のひらに収まる小さな物のなかで、匂いが目に見える時間軸の上に置かれる。
使い手が自分で広げる
チームは二つの研究でこのツールキットを評価した。技術的な背景を問わず、誰でも使えた。より興味深いのは、初心者も専門家も、それを自分に合わせて手を加え、広げ、自分のものにしたことだ。
それは良い道具のしるしである。鉛筆は何を描くかを指図しない。人が下手に描くことをためらわないほど、安く手軽であればいい。「Smell & Paste」はその手軽さを、これまで重かった分野に持ち込む。無駄を恐れずに匂いを試すこと。
2024年、このプロジェクトは Art and Olfaction から、香りの実験的な仕事に贈られるサダキチ賞を受けた。一本の科学論文が、アート・インスタレーションと並んだ。それは、匂いを扱う人々がいま互いをどう見ているかを語っている。研究とアートの境界は薄れつつある。
下書きを覚えておく価値
記憶に残る匂いの作品の多くは大きい。煙に満ちた部屋、香りの迷路、香る美術館。「Smell & Paste」ははるかに小さい。手のひらに収まる。
それでも、根本の問いに触れている。匂いでどう考えるのか。人は描くことで像で考え、口ずさむことで音で考える。匂いの場合、考えることはたいてい、本物の素材が手元にそろうまで待たされる。シールを貼ったテープのロールは、考えをもっと早く、もっと粗く、もっと頻繁に始めさせる。
そこにはささやかな美しさがある。新しい匂いも、精巧な機械もない。あるのは古い匂いを新しい順に並べ、隣り合ったときに何を語るかを聞く方法だけ。空間のなかで順に並べられた匂いについては、上田麻希の「Olfactory Labyrinth」も。